射干玉 2

文字数 767文字

 林を抜けると一面の(すすき)野原であった。視界の先に数本の松が並んでいるのが見える。道行(みちゆき)の神の祠がある(しるし)であるらしい。
「あそこの松のあたりで休もう」
「相解った」
 見通しが良いので、遙か先から城下へ向かうのであろう旅人たちの影が見えた。このまま行くと松のあたりで行き会いそうだ。

 先方は、男2人であった。身なりや持ち物からどうやら商人のようだ。同じような頃合いで休もうと思っていたらしく、祠のたもとでそれぞれ握り飯を取り出して互いに苦笑する羽目になった。

「城下へお戻りか」
 つい声を掛けると年配の男性の方が頷いた。2人は親子なのだそうだ。やはり、城下に店を持つ商人で、年越しの為の品を買い付ける商談をまとめてきたところだと言った。
「兄さんたちはこの先の宿へお泊りだね」
「そのつもりだ」
 俺が答えると、若い男の方が、てらいもなく握り飯にかぶり付いている(らん)に目配せして頷いた。
「あそこの宿は城下に近いからか、客引きがしつこいのだ。特に若い男にはな」
 俺と鸞は、チラと顔を見合わせた。
「金を持っていると目されると、強引に引っ張られるから気をつけた方がよい」
 そんな金持ち風は吹かしておらぬのだがな。
 鸞の見てくれが派手な所為か?
「御親切に、痛み入る」
 俺は商人親子に頭を下げた。

 腹ごしらえを終えて、それぞれ身支度を整えていた時、荷を漁っていた鸞が、餅を3っつ程取り出した。
「これを道行の神に(たてまつ)るぞ」
「ああ、いいぞ」
 俺が返事をすると、若い男の方が目を見張った。
「気前の良いことを!」
(われ)らはまだ先が長い故にな」
 鸞が男に向けてニコリと笑ったので、男は顔を赤くして目を逸らした。
「心がけの良いことだ」
 年配の商人は、微笑んで頷いた。息子に向けては、不作法であるぞ、と咎めている。息子は面白くなさそうにこちらを見ると、父親に向かって丁寧に頭を下げた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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