乙女心と面目 9

文字数 615文字

 擬戦が散々な様になったので、交喙(いすか)が、気分直しに我が館へ、と言い出した。雎鳩(しょきゅう)が、ほら来なすった、という顔でこちらに目配せをする。

 ……なるほど。

 俺は桟敷の撤収が済むまでの僅かの間、そっと席を外して目下の演習場へ下りた。
「雎鳩様が兵の無事を案じておられた。怪我人は出なかったか」
 擬戦の指揮を取っていた隊長クラスの兵に、そっと耳打ちする。
 色を失っていた男は、慌てて()を正した。
「ご心配、恐悦至極にござりまする! かような失態! 誠に……誠に……」
「案ずるな。雎鳩様は、貴君を責めておられるのではない。時に、駒はどうしたのだ? かように乱れるのは普通ではない」
「ああ……それは……」
 男は視線を彷徨(さまよ)わせた。
「茂みに蜂の巣が潜んでおったようで、たまたま駒がソレに触れたようなのです」
「ほう……」
 
 かように開けたところの茂みに、蜂の巣とはこれまた不可解な……。やはり仕組んだか。

「もし交喙様に咎められるようなことがあれば、雎鳩様が御口添えなさる所存である。くれぐれも

は致さぬように。雎鳩様の恥になる故」
「は!」
 男は居住まいを正して敬礼をした。

 面の下、小さく舌打ちした。
 個人的な企みに人を巻き込むなと言いたい。

 俺は急ぎ雎鳩の元に戻った。
「やはり、罠にござりまするな」
「ふん。承知した。供されたモノは極力避けるとしようぞ」
 俺の報告に雎鳩はこちらに向かぬまま答えた。
 交喙は、

に引き込んで何をする気なのやら。  
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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