モノノネ 6

文字数 868文字

「今度は(われ)の分け前を分捕る気であるのか」
 溜め息まじりに波武が呟いた。
「いや、それは鸞が言い出したことではなく、俺が申し出たのだ! 鸞の所為ではない! 波武には……申し訳ない」
 鍬を置いて両手を合わせると波武に頭を下げる。
「波武は、俺を喰って……影向(ようごう)殿のように成りたかった……のだと思うが」
「……何故、そう思うた?」
 波武の顔が下から覗いた。怒っては、いないらしい。
「その、……俺の『徳』がどうこうとか言っていたのと、鸞が『尸忌は特別なモノを喰うと魂が喰えるようになる』と言うとったから……。そうなのか、と」
 鼻の頭をペロリと舐められた。
「まぁな。尸忌というだけでは、無力であることを感じる。魂までは喰えぬので目の前で遠仁に変化されるとさすがに悔しい。いっそ、全て喰えたのならと思う」
「でも、ガワごと遠仁を喰えるのでは?」
「遠仁はガワが無ければ喰えぬ」
 が、ガワを持つ遠仁なぞ早々おらぬ。
 なるほど。ままならぬのだな。
 さて、波武はなんとか説得できそうだ。が……。

「なぁ、阿比殿」
「嫌だ」
「まだ、何も言うておらぬが」
 阿比は次の列に取り掛かっていた。
 せっせと鍬を動かしながら、ブツブツと文句を言う。
「どうせ、アレだろう? 鸞の手伝いをせいと、そう言うことだろう? そういうのが嫌で屋代につかぬのに、何だ? 今度は貴殿が肉だと言うではないか。余計に嫌だ」
 ううう。こちらは予想通りだ。
「別にな、直ぐにと言うわけでは無いのだ。鳰だったら、期限があるから急くが、俺だったら、最悪阿比が

になって(すんで)身罷(みまか)る前とかでも良いのだから」
「嫌だ! 私は、女子の様の鸞に手を握ってもらってあの世に行きたい」 
 なんだ、この我儘は! ……って、鸞も我儘なのだから、まぁどっちもどっちなのだが。
「鸞は、阿比殿に先に逝かれるのが嫌なのだ。そんなこと言うたら手を付けられなくなるぞ?」
「私も、子どもの頃から馴染みの久生に引導を渡すのは嫌だ」
 やはりこれは、鸞に直接説得してもらわないと通らぬようだ。
 俺は、肩を落として溜息をつくと、再び鍬をふるい始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み