汲めども尽きぬ 11

文字数 1,047文字

 両替屋の店先は今朝の賑わいが嘘のようにガランとしていた。次に琴弾に取りつかれるのを恐れて、皆逃げ出したと見える。正面の番台の前で、琴弾がゆったりと煙管を燻らせていた。ビラビラの簪を揺らして、一筋、白い煙を吐く。
「おや、またおいでかい?」
 俺の顔を見て、煙草盆にポンと吸殻を落とした。
「なかなか強い切願を抱えておるに我を必要としない変わり者な上に、我が手足をつまみ食いする曲者よ。此度(こたび)は何用か?」
 やっぱり俺がしていることはバレている。
 俺は苦笑すると、琴弾の前の(かまち)に腰を掛けた。
「気が変わった。俺の願いを叶えるのを助けてはくれぬか」
「ほう?」
 琴弾は目を光らせて身を乗り出した。
「我と契約すると申すのか? して、願いはなんぞ?」
「『夜光杯の儀』の贄となった肉の断片を探しておる」
「贄の……肉の断片?」
 琴弾は訝るように俺の顔を伺い見た。
「かような願いは初めてじゃなぁ……」
 琴弾は眉間に皺を寄せて目を閉じた。

 しばし、考え込んでいるように見えたが、ぱちりと目を開いて再び俺を見据えた。
「他の願いでは……ダメか?」
「俺の願いは聞けぬというのか。琴弾様も大したことでは無いな」
 俺は框から腰を上げた。
「いや! 待ちあれ! ソレ以外の願いならば聞こう!」
 琴弾は腰を浮かせて語気を荒らげた。
「では、何故、ソレに応えることは出来ぬのだ?」
 琴弾を見下ろす。琴弾の喉がゴクリと動いた。
「応えようにも応えられぬのであろう?」
「それは……」

から、ではないのか?」
 俺が胸に指を突きつけると、琴弾は動きを止めた。
 図星だ。
 我ながら意地の悪いことをしていると思った。
 琴弾はギリリと歯ぎしりをした。
「解っていながら我に近付いたのか?」
「いちいちどれがどのような様で居るかは知らぬよ。こちらにありそうなと来てみて見れば、ソコにあった、と。かような様であるとは、こちらも意外であったよ。使役なされている遠仁が抱えておるのであれば、話は簡単であったのにな」
 琴弾は苦しそうに顔を歪めると、ユラリと立ち上がり框の上から俺を見下ろした。
「さても、琴弾様はどうなされる? 俺の願いを聞くか? それとも……」
 強い欲を叶えられなかったが故、何よりも願いを叶えたいという欲が勝る。
 人の願いを叶えることを己の存在意義とした人形(ひんな)は、願いが無くなれば依頼主を縊り殺して次の主を求め、新たな願いを請う存在だ。
 だが、今回は、願いを叶えると己が消える。
 生きていたいという欲と、願いを叶えたいという欲。
 どちらを取る?
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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