水上の蛍 2

文字数 811文字

 そして更に数日後のこと、俺は雎鳩(しょきゅう)(らん)と共に派手な女物馬車の御簾の内に居た。安摩の面は外し、雎鳩の向かいに座している。

「縁結びの庵は、城下南西の外れ。以前から霊験あらたかと言われているわ。お陰様で高貴筋だけでなく庶民の子女も密かに通っている。さて、何故(なにゆえ)、霊験あらたかと言われているのか?」
 雎鳩はニヤニヤしながら手にした扇の陰から謎を掛けるようにこちらを(うかが)い見た。
「どうせ、えげつない理由なのであろう? 恋敵を喰っちまうとか?」
 童子姿の鸞が足をブラブラさせながら、俺と雎鳩を見る。
「直ぐ答えを言っちゃダメよ」
 扇をヒラヒラさせながら、興覚めしたといった風で雎鳩は口を尖らせた。
「ま、そういうことね。ちょっと前に、高貴筋のある子女が庵前の池で入水して、どうやら様子がおかしいことに周囲も気付き始めたけどさ、何せ実績がものを言っちゃって誰も状況を明らかにしようと思わないのよね。んで、遠仁はそのままブクブク太り続けた」
「だから……物理的に、デカい、と?」
 ここで初めて俺が口をはさんだ。
「そういうこと」
 雎鳩はニンマリと笑った。
「女ってヤツは、恐ろしいな。真相より霊験か」
 俺が眉を顰めると、雎鳩は、あら、ヤダ! と目を見開いた。
「その括りだと、私も入っちゃうじゃない!」
 其方は、別の意味で恐ろしいよ。
 それが確かならば、なんという情報収集能力だ。

 庵は鬱蒼とした森の奥にある。
 馬車はその手前で停めて、森の中は(かち)で行くしかない。

 町の喧騒が遠ざかってしばらくしてから、馬車は止まった。
 御簾の隙間から外を見ると、もう一台女物の馬車が留まってるのが目に入った。どうやら先客がいるようだ。 
「あら、あの御印は式部ね。梛木(なぎ)の紋は……烏衣(うい)様かしら」
「高貴筋は持ち物で個人を特定できるのか?」
「そんなの常識よ。知らないで粗相をしたらこの世界では生きていけないわ」
 女の世界もそれはそれで大変なのだな。
 俺は黙って安摩の面をつけた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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