掌(たなごころ)の月 2

文字数 975文字

 雎鳩(しょきゅう)付きの侍女たちはどうやら気絶していただけらしい。交喙(いすか)の屋敷で働いていたように見えた者は、皆幻術で惑わされていた者たちだったようだ。
 後の始末は任せろと阿比(あび)に言われ、俺はまた安摩の面をつけ、雎鳩と共に兵部大丞(ひょうぶたいじょう)の館に戻った。

 日暮れになっても戻らぬ娘に騒然となっていた館は、とりあえず無事を喜んだ。
 抗議を入れた少輔(しょうゆう)家は、交喙は最近問題行動が多いので廃嫡の詮議が上がっていた者だったとかなんとか今更なことを言いだして、大丞の怒りに油を注いだ。
 ま、以降のことは俺の知ったことではない。

「なんか色々よかったんじゃない?」
 翌日、雎鳩は肩をすくめて笑った。
「ありがたい。これからの動きの(みちびき)となることも明らかになった」  
 俺は素直に雎鳩に感謝した。

 ただ、この娘には本当に謎が多いのだが……。
 なぜあそこで俺を特定した? 
 何故俺の目的を知っている?
 どうして、遠仁が解るのだ?
 そして、あの動じなさ加減も胆が据わりすぎている。
 俺ですら色を失った鸞の所業にも、この子女は叫び声一つ上げなかった。

「で、どうするの? また、あの屋敷に行くの?」
 気取らぬ様子で俺を見上げた雎鳩に、俺は戸惑った。
「あ、いや……」 
 施療院へ戻りたいと思っていた。
 夜半に蓮角に連れ出されて以降、梟らを、大分心配させてるはずだ。
 手元に戻った鳰の腕と腑を早く渡してやりたい。
「施療院へ、一旦顔を出そうと思う」
「そう……」
 雎鳩はやや顔を曇らせた。
「では、暇を取らせます。その間、私なりに色々探っておくわね」
「痛み入る」

「ん? なんだ? 贄の子のところに参るのか?」
 俺と雎鳩の会話に割り込んだのは、童子の様になっている(らん)だ。コイツは何故か阿比と別れて俺にくっついて来ていた。さすがに、童子に不似合いな豪奢な衣と冠は自重しているが不遜な態度は変わらない。

()もついて行くぞ!」
「あのな……、鸞よ」
 俺は鸞の目の高さまでしゃがみこむ。
「主は何故俺に付いてくるのだ?」
「吾の食い物の見張りをして何が悪い!」
 鸞は偉そうに胸を反らせた。
 俺のことを食い物扱いする奴……と言えば。
「あっちには、尸忌(しき)波武(はむ)がいるのだが……」
「なんと! アヤツが居るのか? 尚更行かねばならぬ!」
 鸞は鼻息荒く憤慨した。

 あー。
 コヤツら、阿比繋がりの知り合いなのかよ。
 面倒なことにならぬとよいが……。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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