梟の施療院 2

文字数 619文字

 (にお)の肩を借りずに何とか自力で歩けるようになり、右腕の骨も繋がったようだと(きょう)に告げられたころ、家から遣いが来た。
 来客を迎え(とこ)の上に座した俺は、肉が痩せた己の足に愕然とした。
 
 遣いの用向きは、家督を弟に譲る旨の承諾を請うものだった。

 元通りに動けるようになり仕官に戻るのは年単位の時間がかかりそうだ。老い先の短い父の心配も解る。稼ぎ頭がいないことは死活問題だ。
 今でこそ報償で治療費を賄っているらしいが、先の見えない金食い虫は、下手をすると家から捨てられるかもな。
 思うように動けぬ身体を恨んだとてせんの無いことだ。
 
 了承の意思を伝えて、遣いを早々に帰した。

 床に座して茫然としていると、戸口から(にお)が覗いた。かける言葉が見つからず黙していると、(にお)はそろそろと床の辺に近付いてきた。つくねんと枕辺に座して、小首を傾げてこちらを見ているようだ。

「うん」

 僅かに首肯(うなず)き、そこに居てよい、と許しを与えた。
 (にお)は、膝の上で震えている俺の右の拳に(おもて)を向け、再びこちらを見た。

 恥ずかしいところを見られたと思った。
 俺は拳を掛布の下に隠して瞑目して顔をそむけた。
 と、隠した拳に触れた感触があった。
 ハッと顔を上げると、掛布越し、(にお)が拳の上に作り物の手の平を重ねていた。

 唐突にこみ上げるものがあった。
 口惜しさからか自己憐憫からか判らなかったが、涙が滂沱(ぼうだ)にあふれた。
 不自由な左手で拭うことも出来ず、涙はただ、
 ぼたぼたと掛布に落ちる儘であった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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