伏魔の巣 5

文字数 618文字

 着替えて戸口まで出ると、遅い! と蓮角(れんかく)に悪態をつかれた。馬用の鞭を(もてあそ)びながら、斜に構えて俺を見る。

「お前なぞ手鎖で引き摺って行きたいくらいだが、肉塊にして親父殿に逢わせても意味がないからな。今回ばかりは乗せてやろう。それとも、……『丹』が効くのか?」

 ピシリと右頬に痛みが走った。つうッと温かいものが流れる感触。
 俺は黙したまま蓮角を睨んだ。

「ふん。『丹』は、効いておらぬようだな」
 コイツを乗せてやれ、と騎馬の独りに声を掛けた。俺は黙ったまま、その騎馬まで歩み寄った。背まで引き上げてもらうと、陰からそっと手ぬぐいが差し出される。顔を上げると、兵は前を向いたまま、どうぞ顔を(ぬぐ)ってくだされ、と呟いた。俺は、小さく頷くとその言葉に甘えた。

「白雀殿……」
 施療院の戸口まで(きょう)が出てきて、俺の方を心配そうに見つめる。
 それを見た蓮角がニカッと笑った。
「おう。梟殿、此度は

(あつら)えてくれて感謝するぞ! 心配するな。14分の1の貴重品ゆえ、丁重に扱うつもりだ」
 14分の1。……13人は死んだのか。俺はゴクリと喉を鳴らした。

「ではな! 梟殿。いずれまたお会いしよう」
 蓮角は馬に飛び乗ると、鼻先を返した。
 さても、国主殿は俺を召して一体何が見たいのか。それとも、いよいよ『丹』をえぐり出そうというのか……。
 どうやら不死不滅は関係なさそうなのに、せっかちなことだ。 

 そこで、俺はふと気が付いた。
 波武(はむ)、今宵は静かであったな……。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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