夏椿の森 6

文字数 651文字

 そばに寝そべっていた波武(はむ)がカフゥと大欠伸をした。

「まぁ、お前も晴れて追わるる身であるか。なかなか緊張感があって良いの」
「波武は、他人事のようだな」
 俺は不満げに応じた。
「そんなことは無いぞ。(われ)食物(くいもの)の心配だ。重要だ」
「飯の恨みは恐ろしいと言うからな」
 阿比(あび)が、クスリと笑った。

「いずれ(にお)も、取り返した肉が多くなれば、今の比でないくらいに遠仁(おに)を吸い寄せることになる。あれもまた甘露にあれば……」
 波武は、耳先をピクピクさせた。
「今は、大丈夫なのか? 波武がこっちに来てしまっては……」
 俺が心配すると、波武は、尸忌(しき)は吾だけにあらず、と答えた。

「ところで、貴殿はこの後如何(いかん)とするのか?」
「ああ、それなのだが……」
 俺は、遠仁憑きの長物が言っていた狂女の話をした。

「ふん。アレは遠仁になりたてであったからな。噂の域を出ぬ情報よ」
 気のない様子で波武は目を閉じた。
 
 で、あれば……。
 俺は鴫の顛末と、『夜光杯の儀』を図ったのは、少なくともこの国に居る誰か、それも城下近くの者の可能性がある旨を話した。
 阿比が首を傾げる。
「では、……しばらく私と城下をさぐってみるか。波武は、此度(こたび)、白雀殿が得た肉を鳰の元に届けては呉れぬか」
「まぁ……よいだろう。承知した」
「貴殿は、腫れが引くまで隠れておき、動けるようになったら私の弟子の振りをして城下へ潜ればよい」
「え? 阿比の弟子の振りか?」
 俺が渋い顔をすると、阿比はニコリと笑った。

「姿をくらます為だ。動けるようになるまで、ここで『(うた)い』の手ほどきをしようぞ」 
 
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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