賜物 10

文字数 1,042文字

 前方に沙羅の(みささぎ)が見えてきた。月影に白い夏椿の花が点々と光るように映る。
 国主殿の屋敷から、波武に助け出されてあそこに連れてこられたあの時から、一年経ったのか。雎鳩に出会ったのも、その頃だったな。もっと、遠い昔のことのような気がする。波武は「この世でもっともキレイなところ」と言っていたか。何故そのようなところに頸の無い馬などという怪異が現れるようになったのやら。

 御陵に近づくにつれ、皆、自然と言葉少なく周囲を警戒するようになった。
「のう、主……」
 鸞が俺の衣の裾を引いた。
「これは、ガセではないのか?」
 小さな声で俺に囁く。何も感じないらしい。影向殿の甲羅も反応しないようだ。俺もだ。遠仁の「お」の字もない。遠仁でなければ妖なのか? 何かに化かされているということか?

「あら? ねえ、あそこ。何か光っているわよ?」
 翡翠が目を眇めた。皆足を止めてそれぞれ目を凝らす。確かに暗闇の中で青白い光がフワフワと浮いているように見える。
「明らかに、……吊ってるわね」
 水恋がいきなり興覚めなことをぶち込んできた。
「つまらん。やっぱり作為か」
 鶹は太刀の(つか)に手を置いた。
「ということは、次に来るものは大体わかっちゃうわね」
 雎鳩が背負っていた短弓を取り出し、(うつぼ)から矢を引き抜いた。
 草叢がガサガサと音を立てる。皆、ハッと同じ方を見た。草叢から、何かが突き出していた。黒い、丸太のようなもの……。
 次の瞬間、明らかに声色(こわいろ)を作ったと思しき馬の(いなな)きが聞こえた。
「口も無いのにのう……」
 小さくつぶやいた鸞に、一同ドッと大笑いしてしまった。
 草叢から現れたのは、明らかに馬の毛皮を被った張りぼて。脚はどう見ても人のモノだ。突如沸いた爆笑に、いかにしたものかという躊躇いが見てとれる。
 雎鳩の放った矢が、(あやま)たず丸太のように突き出した頭のない頸に突き立った。明らかに人の悲鳴がして、張りぼてが放り出される。
「待ちあれ!」
 棍を振りかざした水恋が、逃げ去ろうとする中の人を追いかけ始めた。続いて松明を持った翡翠が、太刀を抜き払った鶹が続く。
 俺と雎鳩は顔を見合わせた。
「これは、どう考えても肝試しではないよな?」
「いや、それより

面白そうなことになってるじゃない?」
 屈託のない雎鳩の笑顔が月影に映えた。心底、この状況を楽しんでいる。
 それを見た俺は、なんかもう細かい全てがどうでもよくなって雎鳩の手を取った。
「俺らも追いかけるぞ!」
「うむ!」
「吾も行くぞ!」
 精鋭たちの後を追って草叢に飛び込んだ。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み