さえずり 5

文字数 717文字

 散々笑い転げた後、鳰は上機嫌で厨へ行ってしまった。取り残された俺は、今だ起き上がる気にもなれずに廊下に転がったままだ。

「今更ジタバタしても、動き出した気持ちは止められぬよ。中途半端にすればするほど、悔いが残るであろう? わざわざ悪手を選択してどうする? 吾が上手く立ち回れと言ったのは、そういう意味ではないのだがなぁ」
 鸞が俺を見下ろしてぼやく。
「伯労の方が、よっぽど胆が据わっておったよ。結末が解った上でお主に近付いたのであるからな。で、どうだ? 主は悔いておるか?」
「いや、惜しんではおるが……悔いとは違う」 

 行き着く先を全く知らぬまま、伯労と語り合い、笑いあった日々。俺は、借り物の身体である雎鳩の様でしか伯労を思い出すことが出来ないが、飾らない伯労の

はしっかりと心に刻まれている。確かに彼女は存在したのだ、と。

「な? 出し惜しみはするな。精一杯勤めよ」
 鸞は手を出した。俺を助け起こそうというのか? 童子の態のくせに。
「いずれ……俺と鳰の時間にはズレが生じるのだよな」
 己の身体を取り戻した鳰の時間は動き出し、俺の時間は止まったままだ。
 鸞は、ちょっと目を見開いて見せてから、ニイと笑みを作った。
「ほう。それが臆した理由か? 伯労に聞いたのか」
「鸞には、良い状態で俺の肉を渡さねばならぬ」
 鸞は何故かそこで破顔した。
「気にするな! それには既に考えがある!」
「ん?」
 やはり、鸞は何かに気が付いている?

「ほれ、いつまでも冷たい床に寝そべっておらんで起きよ! 梟殿から、鵠のことで話があると言うから呼びに来たのだ!」
「お!」
 俺は慌ててガバリと起き上がった。
「早くそれを言え! 梟殿をお待たせしておるでは無いか!」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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