紅花染め 6

文字数 785文字

 俺は洗い場の床を掃除しながら呟いた。
「確率は5分の1だな」
 鬼車の首は後5つ。そのうちの1つに、鳰の心臓が収まっている。脱衣場に籠を並べて、消毒用の綿を千切っては丸める作業をしていた鸞が、俺の呟きを受けた。
「問題はな、夜光杯が何処にあるのか分からぬのよ。影向の甲羅には反応せぬ。いずれかの首にあるのか、腹に納めているのか……」
「まぁ、贄を得る前に損ねぬように、鬼車が吞んでいた、とは伯労の言であるがな。まさか鵠殿が持っているということは無いよな?」
「それはなかろう」
 鸞は、綿の玉でいっぱいになった籠を、空のものと入れ替えた。
「万が一損ねでもしたら、儀式は失敗になろう? また一からやり直すには、鳰と同じくらいに良い条件の贄が無い」
「……そういう意味で、か」
 俺は溜息を付いた。
「考え直す気は無さそうだよな」
「もう、引っ込みがつかぬのであろう。カワイイのは自分だけよ。己の子に贄の肉を付けるようなヤツだぞ?」
「……あれは、俺にも解らぬ」
 何故、蓮角に鳰の肉を与えたのか。己が不死になれば、我が子すら要らぬということなのだろうか。
「狂っておるわ……」
「……うむ」

 さても、あの鬼車を再び顕現させるにはどうしたらよいのやら。あれだけ深手を負わせたので、直ぐには呼び出しに応じないかもしれぬ。
「……そもそも、鵠殿は、どうやって鬼車を召喚しておられるのだろう」
 俺の呟きに、鸞はハッとして顔を上げた。
「そうか!」
「ん?」
 俺は手を止めて鸞の顔を見た。
「そうよ! 呼び出す口実がいるのよ!」
「……ん? ああ?」
「すまぬ! 主の思い付きの方が当たりであるよ! きっと、鵠が夜光杯を持っておる! そうでなくば、鬼車を召喚出来ぬ!」
 鸞は目をキラキラさせてこちらを見た。
「上手くやれば、こちらから鬼車を召喚できるぞ!」
「え?」
 それは……一体、どうやって? 
 俺は目をパチクリさせた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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