爪紅 5

文字数 894文字

 都には、俺よりも童子の鸞の方が認識しやすいと見える。供にいると、俺は無視されて鸞にばかリ話しかけるものだから、都から話を聞き出す役は鸞に任せて俺は控えていることにした。

 何度会っても、都は鸞に初めて逢ったように振舞った。
「可愛らしい童子であるな、歳はいくつか?」
「……5歳であるよ」
 鸞は些かげんなりしながら応じている。
「ほう……それではもう硬いのぅ」
 都のがっかりした顔に、鸞の、またかよ、という顔。

「名は? 何と言うのだ?」
「鸞と申す」
「まぁ、鸞というのか」
 都はニコリと笑った。
「『らん』と言えば、先の新嘗祭での『蘭陵王』の舞は見事であったなぁ。やはり、言い伝えの通りの美丈夫が舞い踊ってこそ趣がある。あの厳しい面の下にある見目麗しい(かんばせ)を思うと、胸がときめく」
 そう言って、都はうっとりと目を閉じた。
 ここ湖沼のほとりに来てから永らく経つというのに、「先の」とは、一体いつの新嘗祭の話なのであろうか、と俺は訝った。
 鸞は、話がどこへ向かうのかと、怪訝な顔で都を見つめる。

 ハッと目を開いた都は、再び鸞を見た。
「で? 其方の名は、何と言うのだ?」
「は?」
 鸞は眉間に皺を寄せ、目を見開いて都を見返した。
 都はニコニコと鸞を見つめる。
「鸞……と申す」
「まぁ、鸞というのか」
 都はニコリと笑った。
 鸞は、イライラと身じろぎした。
「『らん』といえば、先の新嘗祭での『蘭陵王』の舞は見事であったなぁ。やはり、言い伝えの通りの美丈夫が舞い踊ってこそ趣がある。あの厳しい面の下にある見目麗しい貌を思うと、胸がときめく」
 はぁ? と、鸞は目をパチクリさせて、うっとりしている都を見つめた。

「で? 其方の名は、何と言うのだ?」
「……鸞……と申す」
「まぁ、鸞というのか」
 都はニコリと笑った。
 鸞は、マジかよ、という顔で俺を見る。
 見かねた侍女が助け舟を出した。
「お方様、名を訊かれますのは三度目にこざりまするよ」
「ほう? 『らん』と言うたか? 『らん』と言えば、先の新嘗祭での……」
 都はうっとりとして語りだす。
 俺を見るげっそりとした鸞の顔に、どーすんだよコレ、とはっきり書いてあるようだった。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み