隣の花色 7

文字数 997文字

 明け方、鸞が待つ屋代へ寄らせてもらった。流石に一晩中うろついていて眠気が来ていたので仮眠をとらせてもらう。
 昼頃だったろうか。床でぼんやりと目を開けると、鸞が恨みがましい顔で俺を覗き込んでいて一気に目が覚めた。
 
「……なんだ? どうした? 何かあったか?」
「はくじゃぁくぅう」
 まだ身を起こさぬうちに、いきなり鸞に抱きつかれて慌てた。
「わわっ! ちょっと待て! 起きるから! おーきーるーかーらー!」
「アヤツ、めんどくせぇー。次からは吾が荷を担ぐ! 其方に付いていく! ここで守り番をしておるのは嫌だ!」

 ああ……。
 そんなにか。
 鸞にここに居てもらうのは、良い案だと思ったのになぁ。

 んー、と鸞を抱きとめて考え込んでいると、頓狂な声が響いた。
「まぁ! やっぱりお二人はそういう関係!」
 衝立の陰から噪天(そうてん)が目をまん丸くして顔を覗かせていた。
「あ! 決してそのような……」
「はいはい! そーですよ! そーですから、気を利かせてあっちへ行っておれ!」
 俺の抗弁に被せ気味に、鸞が喚き散らした。
「えっ? なんっ……」
 言いかけた俺の口に手で蓋をして鸞が睨む。
 だまれ! 此処は合わせろ! という無言の圧力。
 俺は目を瞬いて、目顔で了解の意を示した。
「そう言うことなれば、流石の私も野暮天ではないよ。ごゆるりと過ごされませ~」
 噪天は袖で口元を隠して、ニンマリ笑いながら姿を消した。

 気配が消えてから、鸞が盛大に溜息を付いた。
 あの鸞が此処まで振り回されておるなんて、噪天とやら、なかなかのツワモノと見た。変に感心してしまう。
 ゆっくりと身を起こした。
「主……吾が弱っておるのを楽しんでおるな」
「いや、決してそのような……」
 俺は慌てて明後日の方を向いた。
「全く……謳いの男衆(おとこし)にちやほやされて上げ膳据え膳で育つと、ああも傲慢不遜な奴に仕上がるのかよ。かなわぬな」
「鸞も似たようなもんではないか」
「吾の何処が傲慢不遜であるか?」
「……」
 いや、これ以上突っ込むのは止めておこう。

「あー……、話は変わるけどな、鸞」
「お。辻斬りのことか」
「どうやら相手は実行しておる者を含めて、複数おるような様子だ。それも、内通者が居て裏をかいて動いておる」
「ほう!」
 鸞は楽しそうに目を見開いた。
「捕りものは、ちょいとした大暴れになりそうだな」
 んー、だから鳰の分は大切に誰かに護っていて欲しかったのだがなぁ。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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