死にたがり 4

文字数 700文字

「俺では駄目か?」
 鸞がはたと足を止めた。
「どうせ、喰う気であるのだろう? されば、『夜光杯の儀』など関係なく俺が鸞の肉に成れぬか?」
 その内、鸞に追いついた。
 俯く鸞の小さい背中に、俺は畳みかける。
「鸞が鳰のことを肉と定めるのであれば、俺と鸞は敵になってしまうが、俺が鸞の肉になると定めれば、今までと何一つ変わらぬように思うが?」
 鸞の背中がフルフルと小さく震えた。
「……主は、まっこと気持ちが悪いのう!」
 くるりと振り仰いで俺を睨みつけた目は、僅かに潤んでいるように見えた。
「利他にもほどがあるわ!」
 本当に、素直でない。
「決まりであるな」
 俺はホッと肩の力を抜いた。鸞には振り回されるばかりだ。
 鸞は不機嫌を(よそお)った顔のまま言った。
「では、波武には主が説明せいよ!」
「は?」
「肉はもともと波武の取り分であったのに、吾がもらうことになったからな!」  
「あ!」
 そうであった。
「あと、これは吾も如何とするか迷うておるのだが……阿比を説得せねばならぬのよ」
「ええっ?」
 それが一番厄介ではないか。鸞が消えるのに俺が肉になるから阿比が謳ってくれ、と、そう説得するのか? どう考えても阿比が素直に「うん」と言うとは思えぬ。
「いや、だって、それは鳰が肉でも『うん』とはなかなか言わぬであろう?」
「うむ! だから如何とするか迷うておったのだ!」
「それは……」
 鸞が言えよ、と思うた。 
 鸞はようやく顔をほころばせた。
「よかった! 主に阿比を説得してもらうとしよう!」
 うわー、これは難儀なことを……。 
「……『謳い』は阿比でなくては駄目か?」
「駄目に決まっておろうが!」
 鸞は目を見開いて頬をふくらませた。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み