夏椿の森 3

文字数 722文字

 『尸忌(しき)』……だから、弔いをする『(うた)い』である阿比(あび)と供にいたのか。いや、でも、『尸忌』は曲がりなりにも神であるのでは?

「相棒と言っても主従の関係があるわけでは無い。私が謳う時、波武が喰いに来る。そこから顔見知りになったというだけのことだ」
 阿比が波武の背を撫でた。波武は気持ちよさそうに目を細める。
「ふん。だから(われ)は吾の理屈で動く。(にお)(すく)ったのも、アヤツを見張るのも、吾の意思だ。阿比の思惑ではない」
「では、鳰の出自や経緯は……」
「その口は持っておらぬ」
 波武は顔をブルルと振るった。

 阿比が言っていた、「波武が語れれば良いのだが」というのはこういうことか。神は願いを総て聞くわけでは無い。

「お前を喰おうとしていた理由は言えるぞ。美味(うま)そうだったからだ。高尚な魂を持つ者の器を喰うと、吾の格が上がる」 
 美味しそう? 俺が?
「そりゃ、どうも」
 神に美味そうだと言われるのは、名誉なのか?
 よくわからぬ。

 それにしても、『忌地(いみち)』と言われる場所なのに、ここは何と静かなことだ。もっと、亡者(なきもの)どもで荒れて居ると思っていたのに、俺の左腕がピクとも反応しない。

 俺が不思議がって自分の左腕を見ているのに気が付いて、阿比がふふっと笑みを漏らした。
「不思議で仕方がないと言った顔だな」
「あ、ああ」
「疱瘡が流行ったのは、貴殿が生まれる前の話。当時、病で倒れたものが遠仁にならぬよう、国中の謳いがそれはそれは骨を折って築いたのがこの(みさぎ)だ。ここに来たものは必ず弔ったから、ここから遠仁が出るわけがない。オマケに忌まわしき記憶を持つ土地ゆえに近付く者も無い。故に、ここはこの国で一番キレイな場所」 
 阿比は、緑(きら)めく木漏れ日を見上げた。
「『久生(くう)』も、おろしやすい場所だ」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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