隣の花色 3

文字数 1,001文字

 翌日、俺と鸞は屋代の門の前に立っていた。
 屋代と言うのは沢山の『謳い』が詰めておるらしい。年若い如何にも修行中という()の子がお訪いに応じたと思うたら、更に年嵩の男が出てきて案内を始めた。俺が負っている琵琶を見て、初めは怪訝そうな顔をしたが、自身は謳いではないと説明したら納得したらしい。

 そのままどんどんと屋代の中へ招き入れる。柱の目立つ建物の奥へ行くと、黒衣を纏った初老の男性が榊を配した祭壇の前に座していた。
 この者が、この屋代の主であるらしい。
 俺と鸞は、その者の前に座して居住まいを正した。
「初にお目にかかる。私は白雀という者。『謳い』の阿比殿と懇意にさせていただいている。こちらは、阿比と縁のある久生の鸞である」
 鸞と共に頭を下げた。
 初老の男は身じろぎすると、背筋をしゃんと伸ばした。
「儂は鸛鵲(かんじゃく)と申す。其の方らは阿比殿の縁者であったか。昨日は、うちの噪天(そうてん)が大変失礼なことをいたしたそうで、誠に申し訳ない」
 鸛鵲は阿比のことを知っていたらしい。こちらが恐縮するほど平伏した。

「アレは、代々この屋代の『謳い』が下ろしている久生なのであるが、据え膳しか召さぬような箱入り故に怖いもの知らずなのだ」
 つまり、労せず召すのが常の「深窓の姫」だったわけだ。
 そこへ、パタパタと元気よく走ってくる足音がした。
「鸛鵲! 客人とは誰ぞ!」
 昨日の娘だった。
 俺らの姿を認めてギョッとして立ち止まる。
「噪天、ここへ」
 鸛鵲が、傍らを叩いて座すように促す。渋々と言った感じで噪天は鸛鵲の隣に座した。

「屋根の下に仕えておるからと、威張ることではない。主より多くの修羅場をくぐってきたお方に失礼を働いたことを、ここで詫びなさい」
 噪天はちと不服そうに鸛鵲を見たが、静かに見返されて俯いた。
「……申し訳ないデス。失礼……いたしました」
 まるでおじいちゃんに叱られている孫娘といった風情だった。

 廊下の向こうから、バタバタと数人の足音が響いた。黒衣を纏った明らかに『謳い』と解る数人の男が、鸛鵲の前に馳せ参じた。
「鸛鵲殿! 先程、知らせが入りました。昨夜、辻斬りが出たように御座います。すでに尸忌が来ておるとのこと。()くお出まし下さるようにとのことにございます」
 噪天は顔色を失くして立ち上がった。鸛鵲はゆっくりと腰を上げ、琵琶を持ってくるようにと男たちに告げた。

 俺と鸞は顔を見合わせた。
 俺らも現場へ行ってみるか。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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