モノノネ 3

文字数 1,025文字

 施療室の奥の部屋に、鳰の肉を保管した容器が並ぶ。そこへ、回収した鳰の身体の一部を、梟と共に収める。棚に並ぶのは、未だ戻せていない六腑と、頭蓋骨、髪、血の入った小瓶。それに、今回の、喉笛と皮、肝臓、神経、体幹の骨が加わった。
「血管が加われば、頭部を含めた上半身を戻せそうだ。循環は人工心肺にすれば何とかなる。腎臓の代わりは定期的に血液を浄化すればよい。ただ、顔が出来て唇と喉笛はあっても舌が無い。構音機能が不十分なので言葉は紡げぬな」
 顔が出来るのか……。鳰のビスクの顔が一気にヒトらしくなるな。
「あんな僅かの血液で大丈夫なのか?」
 俺は小瓶を指して梟に訊いた。
「ああ。子供の頃は、血液を作る仕組みというのは上腕や下腿の骨にある。次第に、胸骨骨盤などに役割が移行するのだ。ある程度の大きさに成長するまでは骨で造血が進むから自然と量は増える」
「ほう……」
 そういえば、もう、どちらの性別かは分かっているのだよな。聞かぬけど……。
「顔かたちが出来たら、鳰の性別は知れるのか?」
「あ、否、それはまだだ。生殖器が無い」
「セイショクキ?」
 目を瞬いて梟を見た。
「卵巣や精巣のことよ」
 え? 股を見れば分かるのでは?
 と、思ってから慌てて下世話な考えを頭から追い出した。鳰が言い出すまで、この件はこちらからは言わぬようにしよう。 
 鸞の笑い声が聞こえる。多分、鳰の部屋からだ。先程から琵琶を爪弾く音がとぎれとぎれに漏れ聞こえてくる。なるほど、美しい調べだ。

「よいか?」
 阿比と波武が部屋に入ってきた。俺と梟が振り返る。
「先程話していた私の仕事のことだが……。先の戦場(いくさば)に、庭漆(にわうるし)の大木が生えていたのを覚えておるか?」
 先の戦場――俺が、死に損なったところか。庭漆……? はて?
神樹(しんじゅ)のことか。戦の時期には完全に葉が落ちていたが、それが?」
「神樹? ああ。そうとも言うらしいな。……戦で大分血を吸うたようでな、些か物の怪(もののけ)じみた様になっておるようだ。昨年の夏あたり、周辺で変死が出ると噂になったらしい。私が呼ばれたころは収束しかけておったのだが、どうやら三月虫(ミツキムシ)とかかわりがあるような……」
「三月虫とは、……野蚕(やさん)か」
「そうだ。私が出向くころには成虫も終わりの頃であったからな。それで収束しておったのだろう。虫の所為であれば温かくなるそろそろ怪異が再開する頃合いであろうと思うのだ」
「解った」
 俺は鸞の声がする方を見た。
「鸞が、影向殿のところから戻ったら出かけるとしよう」
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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