梟の施療院 1

文字数 471文字





 施療院は町から外れた辺鄙なところにあった。
 (とこ)を移した当初は周辺の様子を窺うほどの余裕なぞ一片も無かったので、喧騒から外れた静寂がかえって心地よかった。

 にしても、しばらくの間、両腕が使い物にならないという不便さには辟易した。モノを口にするどころか、文字通り己の尻拭いさえ出来ない。

 先の戦が初陣ではなかった。
 戦場だけではなく幾度か、医術者の世話になる程度の傷も負ったことがある。だが、ここまでの深手は正直初めてだ。
 未熟者故の慎重さが、己が命を護るという証左だな。
 調子に乗っていた己の(ざま)に自嘲する。

 慣れとは不思議なもので、あれほど嫌悪を覚えた(にお)の成りも気にならなくなってきた。顔色を窺わずとも済むところに、かえって気安さを覚えるほどだ。
 込み入った内容を伝える際はまどろっこしさを感じてしまうが、(にお)の仕草で何となく言いたいことを察せるようになってきた。

 そして、その(にお)の補助を勤めるかのように常に波武(はむ)がそばに(はべ)っていた。波武(はむ)は大人しく、滅多なことで吠えたりしない。犬っころ特有の愛嬌も備えており、その自由なさまには随分と慰められた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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