爪紅 1
文字数 1,145文字
屋代に着くと、奥から厨や外回りを世話するらしき者らが出てきた。企鵝と親し気に話している。その間に俺は荷物の綱をほどき、菰を外した。
「白雀! 主らのことは話しておいたから大丈夫だ。私は荷を下ろしたら直ぐ帰るから。一週間後にまた会おう」
「え? そんなにすぐ?」
企鵝の言葉に俺は驚いた。
一休みしていくのかと思ったが……。
俺の顔を見て、企鵝は、すまんな、と謝った。
「腰痛で唸っておる親父殿が心配なのでな」
「それは……そうよな」
俺は苦笑まじりに呟いた。そういえば、俺らは企鵝の親父殿の代わりの男手であった。
橇に積んでいた青菜や果物、追加の米など荷物を下ろし、俺と鸞は自分の荷物を背負った。
企鵝の橇を見送ると、俺らは早速屋代の者に中へと誘われた。
流石に雪深いところの建物らしく、ここの屋代は茅葺の軒が深い。そして、奥へ行くにつけ湖沼の方へと張り出している。最奥の拝殿は渡り廊下で繋がって完全に水の上だった。この屋代の主は拝殿におわすらしい。
「拝殿だけ見れば、普通の屋代だなぁ……」
「これは大先達 を拝むことになろうよ」
いつもは不遜な鸞も、今回ばかりは些か緊張していると見える。
拝殿の入口をくぐり中に入ると一層空気が冷えた。それもそのはず、祭壇があるはずの正面は吹き抜けて湖沼が目の前に広がってる。
俺と鸞が目をパチクリさせて立ち止まっていると、声がかかった。
「こんな時期に此処へいらっしゃるとは、随分と奇特なお客人と思うたが、仔細あり気であるな」
ハッとして声の主を探すと、柱の陰から銀に近い程の白髪頭の黒衣の翁が現れた。
「ここの主、鶆 と申す。さ、お客人、そこな円座へ」
勧められるまま円座に座ると、視界の隅に別の人影が写った。
鸞が、見てわかるほどに緊張する。
相当にご高齢と思しき御仁がつくねんと座っておられた。禿頭に背を丸めた姿は穏やかで、目を閉じてジッとしている様は居眠りでもなさっているのかと思われる。
「ああ、こちらは影向 と申す。この屋代付の尸忌でござるよ」
鶆が視線を向けて身元を明らかにする。鸞は居住まいを正した。
「あ!吾 は、久生だ! 鸞と申す!」
影向は静かに頷いた。
「私は白雀と申す。この地へは、人探しに参った」
「うむ。企鵝から聞き及んでおる。都 様に逢いたいのだそうだな」
俺の口上に鶆は静かに目を閉じた。
「かのお方は、恍惚となられて久しい。御気分の良い時にはお話しくださるが、さても、それはいつとは保障いたしかねる。ただ、日課として毎日、ここ拝殿に訪 われるので面通しは手配いたそう。客人を厭われる方ではない。尋ね人があると聞けば、喜ばれるであろう」
企鵝が「聞ければよいがな」と言っていたのは、そういうことか。
狂女――都は、すでに認知が危うい様であったのだな。
「白雀! 主らのことは話しておいたから大丈夫だ。私は荷を下ろしたら直ぐ帰るから。一週間後にまた会おう」
「え? そんなにすぐ?」
企鵝の言葉に俺は驚いた。
一休みしていくのかと思ったが……。
俺の顔を見て、企鵝は、すまんな、と謝った。
「腰痛で唸っておる親父殿が心配なのでな」
「それは……そうよな」
俺は苦笑まじりに呟いた。そういえば、俺らは企鵝の親父殿の代わりの男手であった。
橇に積んでいた青菜や果物、追加の米など荷物を下ろし、俺と鸞は自分の荷物を背負った。
企鵝の橇を見送ると、俺らは早速屋代の者に中へと誘われた。
流石に雪深いところの建物らしく、ここの屋代は茅葺の軒が深い。そして、奥へ行くにつけ湖沼の方へと張り出している。最奥の拝殿は渡り廊下で繋がって完全に水の上だった。この屋代の主は拝殿におわすらしい。
「拝殿だけ見れば、普通の屋代だなぁ……」
「これは
いつもは不遜な鸞も、今回ばかりは些か緊張していると見える。
拝殿の入口をくぐり中に入ると一層空気が冷えた。それもそのはず、祭壇があるはずの正面は吹き抜けて湖沼が目の前に広がってる。
俺と鸞が目をパチクリさせて立ち止まっていると、声がかかった。
「こんな時期に此処へいらっしゃるとは、随分と奇特なお客人と思うたが、仔細あり気であるな」
ハッとして声の主を探すと、柱の陰から銀に近い程の白髪頭の黒衣の翁が現れた。
「ここの主、
勧められるまま円座に座ると、視界の隅に別の人影が写った。
鸞が、見てわかるほどに緊張する。
相当にご高齢と思しき御仁がつくねんと座っておられた。禿頭に背を丸めた姿は穏やかで、目を閉じてジッとしている様は居眠りでもなさっているのかと思われる。
「ああ、こちらは
鶆が視線を向けて身元を明らかにする。鸞は居住まいを正した。
「あ!
影向は静かに頷いた。
「私は白雀と申す。この地へは、人探しに参った」
「うむ。企鵝から聞き及んでおる。
俺の口上に鶆は静かに目を閉じた。
「かのお方は、恍惚となられて久しい。御気分の良い時にはお話しくださるが、さても、それはいつとは保障いたしかねる。ただ、日課として毎日、ここ拝殿に
企鵝が「聞ければよいがな」と言っていたのは、そういうことか。
狂女――都は、すでに認知が危うい様であったのだな。