汲めども尽きぬ 12
文字数 1,566文字
「それ以外の……願いは無いのか?」
琴弾は顎を引いて俺を睨んだ。青白い玉が、俺が喰いそこなった遠仁たちが、琴弾のまわりに集まり渦を巻き始めた。
ほう。「願いが尽きた」認定をされたのか。俺は目を細めた。
「全部か?」
「は?」
「使役しておる遠仁は、それで全部か? と聞いておるのだ」
琴弾は、口の端を引き上げてニイと笑った。
「近くにいるモノは、な」
まだ居るのか。一体どれほどの遠仁を働かせておるものか。
俺は、真っ直ぐ左手を琴弾に差し出した。
丹く炎をあげる左手を見て、琴弾は眉を顰めた。
「それは何だ? いかような次第であるのか?」
「さぁて、俺にもわからぬ」
さあ、来い! 掌を開くと渦を巻いていた青白い玉が、そのまま竜巻のごとくに俺の左手に喰われていった。吐くモノが無いとしても、さすがにこの勢いでは熱が身体をめぐる。
一瞬、怯えたように目を見開き、ひるんだ様子を見せた琴弾だったが、全ての遠仁を引きはがされると知って次第に怒りへと表情が変化していった。
「おのれ………」
鋭く舌打ちすると、結い上げていた黒髪がバラバラと崩れ、幾本かの束になって蛇のように床を這い始める。
俺は最後まで遠仁を喰い切った。
「次な願いを言えばいいのか?」
「もう遅いわ!」
「左様であるか。……一つ、試してみたい願いがあったのだがな」
俺は、首を傾げて琴弾を見上げた。琴弾の髪が俺の身体を這い登ってきた。なるほど、こうして縊 り殺しておったのだな。
髪が首に届く前に、俺の舌は言葉を紡いだ。
「琴弾様が土にお還りになられることを請う」
俺の願いに呼応して閃いた琴弾の表情は、純粋に
白い顔にピシリと皹 が入り、右頬がはらりと剥がれ落ちた。慌てて顔を覆うが、その手も、指も、細かい皹が入り始め、パラパラと崩れていく。
「嘘! 嘘だ! ニンゲンが! そんな願いを請うはずがない! 其方らは欲の塊であるはずだ! 我を! いつまでも欲する生き物のはずだ!」
これは、……効くのか。やはりと思う反面、何故? とも思う。
所詮作り物の躰。何故、これまで誰も気付かなかったのか。
滅んでくれと願えば、儚くなる存在であったと……。
「では、俺はニンゲンでないのかもな?」
笑みを浮かべて俺は答えた。
了見の狭いことを。
この町の中でさえ、琴弾の存在を恐れて近寄らない者もいる。全てのニンゲンが欲に塗れているとはお門違いも甚だしい。
黒々としていた髪がパサパサに乾き、力を失って周囲に散った。磁器のような皮が剥がれ落ちると、琴弾は土くれや藁の中身を露わにして、ぐずぐずと崩れていく。その土の塊から、一つ、また一つと離れていく青白い玉を、俺は一つ一つ掴みとっては飲んでいった。そうして、終いに一つ、ほわりとひときわ青い玉が浮かび上がった。
(『土は土に』の言葉の通り、全て物事は始めに戻る。我の不徳の致すところで長年禍根を残すこととなった。終いを付けて戴き、誠に礼の言葉もない)
「……傀儡師か」
玉は、返事の代わりに僅かに揺れた。
(世を恨み、定めを憎みて創った人形 であった。欲を叶えて『様 を見ろ』という面持ちであった。しかし、遂 に欲がつきた。我の欲の終いと共に、琴弾も葬るべきであったのに……情が湧いた。引導を渡せなんだ。愚かな……実に愚かなことよ)
「主は……幸せであったのか?」
(さて。思う様の欲を満たして、我は幸せだったのであろうか……。ただ、我の創った琴弾は、殊の外、
最後の遠仁も、俺の左手に収まった。
「済んだか?」
店の入り口から鸞が顔を覗かせた。
「うむ……」
俺は振り向いて、手に収まったモノを掲げた。
「ところで、これは……何だと思うか?」
白っぽい、草の蔓のようなものが膜につつまれていた。
琴弾は顎を引いて俺を睨んだ。青白い玉が、俺が喰いそこなった遠仁たちが、琴弾のまわりに集まり渦を巻き始めた。
ほう。「願いが尽きた」認定をされたのか。俺は目を細めた。
「全部か?」
「は?」
「使役しておる遠仁は、それで全部か? と聞いておるのだ」
琴弾は、口の端を引き上げてニイと笑った。
「近くにいるモノは、な」
まだ居るのか。一体どれほどの遠仁を働かせておるものか。
俺は、真っ直ぐ左手を琴弾に差し出した。
丹く炎をあげる左手を見て、琴弾は眉を顰めた。
「それは何だ? いかような次第であるのか?」
「さぁて、俺にもわからぬ」
さあ、来い! 掌を開くと渦を巻いていた青白い玉が、そのまま竜巻のごとくに俺の左手に喰われていった。吐くモノが無いとしても、さすがにこの勢いでは熱が身体をめぐる。
一瞬、怯えたように目を見開き、ひるんだ様子を見せた琴弾だったが、全ての遠仁を引きはがされると知って次第に怒りへと表情が変化していった。
「おのれ………」
鋭く舌打ちすると、結い上げていた黒髪がバラバラと崩れ、幾本かの束になって蛇のように床を這い始める。
俺は最後まで遠仁を喰い切った。
「次な願いを言えばいいのか?」
「もう遅いわ!」
「左様であるか。……一つ、試してみたい願いがあったのだがな」
俺は、首を傾げて琴弾を見上げた。琴弾の髪が俺の身体を這い登ってきた。なるほど、こうして
髪が首に届く前に、俺の舌は言葉を紡いだ。
「琴弾様が土にお還りになられることを請う」
俺の願いに呼応して閃いた琴弾の表情は、純粋に
驚愕
だった。かようなことが有るはずがない、と顔に書いてある。白い顔にピシリと
「嘘! 嘘だ! ニンゲンが! そんな願いを請うはずがない! 其方らは欲の塊であるはずだ! 我を! いつまでも欲する生き物のはずだ!」
これは、……効くのか。やはりと思う反面、何故? とも思う。
所詮作り物の躰。何故、これまで誰も気付かなかったのか。
滅んでくれと願えば、儚くなる存在であったと……。
「では、俺はニンゲンでないのかもな?」
笑みを浮かべて俺は答えた。
了見の狭いことを。
この町の中でさえ、琴弾の存在を恐れて近寄らない者もいる。全てのニンゲンが欲に塗れているとはお門違いも甚だしい。
黒々としていた髪がパサパサに乾き、力を失って周囲に散った。磁器のような皮が剥がれ落ちると、琴弾は土くれや藁の中身を露わにして、ぐずぐずと崩れていく。その土の塊から、一つ、また一つと離れていく青白い玉を、俺は一つ一つ掴みとっては飲んでいった。そうして、終いに一つ、ほわりとひときわ青い玉が浮かび上がった。
(『土は土に』の言葉の通り、全て物事は始めに戻る。我の不徳の致すところで長年禍根を残すこととなった。終いを付けて戴き、誠に礼の言葉もない)
「……傀儡師か」
玉は、返事の代わりに僅かに揺れた。
(世を恨み、定めを憎みて創った
「主は……幸せであったのか?」
(さて。思う様の欲を満たして、我は幸せだったのであろうか……。ただ、我の創った琴弾は、殊の外、
愛しいモノ
であったのよ)最後の遠仁も、俺の左手に収まった。
「済んだか?」
店の入り口から鸞が顔を覗かせた。
「うむ……」
俺は振り向いて、手に収まったモノを掲げた。
「ところで、これは……何だと思うか?」
白っぽい、草の蔓のようなものが膜につつまれていた。