ましらの神 2

文字数 940文字

 汗だくになって肩で息をしながらようやく尾根までたどり着いた。冬枯れで何の木だが判らぬが、幹の感じから、ここらには小楢(こなら)やら(くぬぎ)やらが生えているようだ。
 鸞は一本の大木の前に立ち、眉間に皺を寄せて見上げている。
「なあ! 左腕は何ぞ感じるか?」
(いや)
「吾もなのだが……。どうやらこの木の上らしいのだ!」
 俺も、鸞と並んで大木を見上げた。
「この(たぐい)は、初ではないか?」
「うむ……そうだな! 器物に遠仁がついていたら、吾はわからぬが、主が分かる! 主が直接喰えぬ遠仁で、主がわからなくとも、吾は分かる! しかし、今回は吾も主もわからぬのに、甲羅は『此処だ』という! どういうことだ?」
「さても面妖なことよ。まさか、肉がむき身で枝に引っ掛かっておるのではあるまいな」
「それはまたいかような状況か! 一つだけ解るのは『影向(ようごう)殿の甲羅があってよかったなぁ』ということくらいだな!」
 言われてみればその通りである。
 だが、本当にどうなっているのだ? 

「登って……確かめるか?」
 俺が首を捻って幹に手を掛けた時、いきなり上から雪の塊が降ってきた。
 2人とも笠を押さえて背をかがめる。
 なんだ? 枝にかかっていた雪の塊が落ちたのか? 
 おさまった頃合いで、再び上を見上げると、今度はいくつもの雪礫(ゆきつぶて)が落ちてきた。
「わ! いでっ! 何だ?」
 枝の上で何かが跳ねている音がする。
 ウィッキッ!
 キキッ!
「なんと! 

の類であるか!」
「ん? なんだって?」
 再び雪礫が降ってくる。
 俺は笠の端を押さえた。共に笠を押さえてた鸞が、口を尖らせた。
「猿よ」
「猿?」
 
 鸞は笠の端を持ったまま顔を上げた。
「まだ何もしておらぬだろう! 何故(なにゆえ)の狼藉だ!」
 鸞が上に向かって怒鳴ると、姿は見えぬが猿たちの鳴き声があちこちから聞こえた。
 聞いていた鸞は、はぁ? と渋面を作った。
「ちょいと待て! それは吾等が探しているモノでもあるのだぞ!」
「何だ? 奴らは何と言っているのだ?」
 鸞は俺に向いて口の端を歪めた。
「コヤツら、『コレは己らが見つけたものだ。神に奉じるために養性(ようじょう)しているので邪魔をするな』と言うておる」 
「え? それは困る」
 何処の部位やら判らぬが、どうやら鳰の肉は猿に見つかって、神への供物にされかけているようだ。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み