乙女心と面目 3

文字数 849文字

 阿比は薄暗い地下牢のようなところに座していた。今宵は裏通りのお堂にでも泊るかと、ふらふら市街を歩いていたら、いきなり徒組(かちぐみ)に捕まったのだった。
――理由は解らぬ。
――まぁ、屋根のある所に通してもらったのだから、多少のじめじめは目をつぶろう。
 夕飯は残念ながら出なかった。仕方なく懐の餅を喰った。

――さて、いつまでここに押し込められたものか。 
 どれくらいたったであろうか。瞑想のあまり半分意識が飛んだ頃、廊下の奥からガチャガチャと金属の擦れる音を立てながら、3人の男が姿を現した。2人は先程の徒組だが、残りの1人は新顔だ。
3人は、鍵を開けて牢内に入ってくると、阿比を囲んだ。
「主……『謳い』の阿比であるな」
 新顔の男が誰何(すいか)した。
――どうやらコイツが、この中で一番偉い奴らしい。
「いかにも」
「其の方に訊く。白雀をどこへやった?」
――ああ、用事はそれであるか……。
――やはり、白雀は追われる身であった。
――自分に訊くということは、少なくとも白雀は見つかっていないらしい。
「知らぬ」
 何を根拠に白雀と自分との繋がりをただしているのか解らぬ以上、何も語れぬ。
――まずは様子を探るとするか……。

 男は腕組みをしてこちらを見下ろし、クイッと片眉を上げた。
「知らぬわけは無かろう?」
「いや、知らぬ。何故、私がここに来たかも解らぬ」
「とぼけるのも……いい加減にした方が身のためだぞ」
 男は阿比の顔を覗き込んで凄んだ。
「先日、遠仁と化した白雀が鵠様の館に入り込み、害をなそうとしたそうだ。すんでのところで鵠様が交わしたのでヤツは逃げたらしい。その時、白雀が大きな狼犬を呼んだそうだがその狼犬、主が戦場で謳いをした時に連れていた犬と酷似しておる。アレは、主の犬であろう! 主が白雀の逃亡を手引きしたのであろう!」
――ん? なんだって? 
――白雀は「遠仁になった」ことにして追われているのか。
――なんか設定が雑だな。
――白雀には鵠を襲う理由が無い。
――それは何か? 襲われるような心当たりがあるという自己紹介か? 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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