業鏡 8

文字数 586文字

 ――我は貧しき生まれなり。
 ――ひもじく(かつ)えて(めしい)たものなり。
 ――行き倒れ、捨て置かれ、(とぶら)われることなく遠仁(おに)となり
 ――あさましく流離(さまよ)うていたり。
 ――ところがある日、(えにし)を得てこのオンナに憑りついた。
 ――老い先短いコヤツに憑いておれば、我もいずれ弔ってもらえよう。

 なんと。こやつ、老女に憑りついて、ゆくゆくは一緒に弔ってもらい久生(くう)に召されることを望んでおるのか。

 ……いや、待てよ。

「其の方、盲と言ったな。何故、其の方が憑いたこの女人の目が見えるようになったのだ?」

 ――(えにし)じゃ

「だから、その『縁』とやらは、何なのだ?」

 ――目玉を得たのじゃ

「目玉……とな」
 っ……あっつ。
 ……来た!
 この感覚!
 俺は無意識に左の拳を固めた。

 ――こわや……こわや………ソレを 我に いかにせん

「その目玉、一体どこで手に入れた?」
 
 ――それを 聞いてなんとする

「問うておるのはこちらだ。問を返すな」

 ――甘き香りに 誘われいずれば そこは 麗し 遠仁の饗宴
 ――はぁ 甘露の贄に群がりし 数多の遠仁ども 我を先にと 喰いあって
 ――我は その折 こぼれた目玉を 喰ったのじゃ

 俺は、ソイツを睨んだ。
 向こうからおいでなすった。 
 これは運命か?
 偶然か?
 こういうことも、ありうるのか?

 いやしかし、今はそんなことはどうでもいい。
 


 それだけだ。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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