梟の施療院 5

文字数 763文字

 実のところ「(うた)い」と呼ばれる者らとは親しくしたことは無かった。上の2人の兄らの時は、俺はまだ仕官する前の話であったし、そもそも戦場(いくさば)で弔ったと事後に伝え聞いたままである。
 従軍した折も、戦友の弔いに同席することは無い。仮に誤って「遠仁」にでも変化したらそれこそ巻き添えをくらう可能性もある。
 
 強く生への執着を持って亡くなった魂の中には、素直に召されない者もあるらしい。戦場で生きる者も必死ならば、死者を弔う者もまた必死であるのだ。

 阿比(あび)は気さくな男であった。「(うた)い」という者はもっと辛気臭い(やから)かと思っていた。

白雀(はくじゃく)殿はひどいなぁ。我らがみな陰気な者というのは間違いだ」
「いや、知らぬこととはいえ……すまぬ」
 俺は恐縮しきりであった。
 卓を囲んで俺と阿比、(きょう)が語らうのを、少し離れたところで波武(はむ)の背を撫でながら(にお)が小首を傾けて見ていた。

「『謳い』には屋代(やしろ)をかまえる者もいるが、阿比殿は?」
「私は土地土地を渡りながら『謳い』を営んでいる。町はずれに屋代をかまえる『謳い』は大概が世襲制なのだ。私は、旅の師匠を得て『謳い』を学んだからな」
「なるほど。かような者もいるのだな」

 故に、戦場でも通用する『謳い』となるのか……。
 旅の空ならば、横死した者を弔うこともあろう。
 街中よりも遠仁(おに)に出会う機会も多くなる。

「ところで、俺に何用かあったのではなかったのか?」
「ああ……それなのだが」
 阿比が言いかけた時、ほとほとと施療院の扉を叩くものがあった。

「はて、患者であろうか……」
 梟が立ち上がり、戸口に向かう。
 足元から低い声がして視線を向けた。
 波武が戸口に向かい、歯を剥き出して低く唸っている。
 阿比が腰を浮かせて、背後に置いていた琵琶の(くび)に手を掛けた。

「梟殿、……(おこた)るな」
 阿比の表情(かお)は、何か良くないことを予見しているようだった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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