麦踏 1

文字数 779文字

 俺らは宿を後にしていた。
 吐く息は白く、街道沿いの景色は一様に枯草枯れ木色である。荷物が大分軽くなったので、鸞は童子に戻っていた。

噪天(そうてん)は、どうなるのであろうな」
「知らぬ!」
 鸞は跳ねるように先を歩いていく。
 鳰の肉を込めた荷を背に括りつけている。

 屋代に戻った噪天は、人が変わったようにすっかりと大人しくなってしまっていた。

「元より、久生を飼いならそうなどということがオカシイ!」
「ん? 屋代は、その装置ということなのか?」
「箱入りの久生は御しやすいからな! 失敗はしても間違いは起こさぬ!」
「御しきれなくなったら?」
「天へお返しして、新入りを入れるであろうな!」
「返す? 野良になるのではないのか?」
 鸞は振り返ってニカッと笑った。
「ああいう手合いが野良になれるかよ!」
「え? じゃあ……鸞は?」
「吾は、屋代が出来る前から居る!」
「ええー……」
「そも! 久生が皆、謳いに繋がっているわけでは無い! 尸忌なぞ皆自由であろう!」  

 それは……そうか。

 ヒトに準備された据え膳で満足していた久生が、実は自分の意思で喰うことが出来ると知る。多分、鸛鵲(かんじゃく)も、噪天の変化の理由を知っている。鸞に、ちょっかいを掛けたのは噪天自身だ。その縁がどんな因をもたらすのか、そこからどんな結が生まれるのか……。
 解らぬから面白いとも怖いとも言える。

「にしても、大回りしたとはいえ、ちとのんびりが過ぎたな」
「そうよ! 急がぬと年を越えてしまう! 年越しの祝い餅を年明けにモソモソ食うほど野暮なものは無いぞ!」
「わかったわかった。もう、何が居ても目を瞑る。年明けに回そう」
「早々急くことは無い!」
 と言いつつ、鸞はピョンピョンと先を行く。
「おい、待て。此処は登りであるよ」
「なんだ? 白雀。年寄臭い!」
「お主に年寄と言われては形無しだ……」
 俺は溜め息一つつくと、鸞の後に続いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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