隣の花色 9

文字数 1,068文字

 宿屋を離れ、人目が切れると、鸞はトンと地面を蹴って空に飛んだ。
「群れておると釣れぬからな。妾は屋根から張っておるわ」
「あ、私も!」
 噪天もついて行った。

 2人の姿が消えて、俺は一息ついた。
 先の暗がりに目を据える。辻斬りを見たら笛を吹く手筈になっていた。
 先日のでこちらの技量は読めたであろうな。今宵は確実に仕留めに来る。
 
 そして、今一つの懸念は「見つかったのかもしれぬ」ということだ。
 この宿の館の関係者であれば蓮角の息が届いている可能性は大いにある。辻斬りをしていた連中からすれば、意図せぬ大物が掛かった気で居るかもしれない。その場合、表立ってしょっ引きに来ないのは、俺を潰せと命が出ているのであろう。

 いずれにせよ血生臭いことになる。

 まぁ、逃げも隠れもせぬわ。こちらは、この嫌な胸騒ぎの正体を知りたいだけだ。俺は懐の合口にそっと手を沿えると、先の暗がりへと歩みを進めた。

 (たな)が居並ぶ通りも、夜の(とばり)が下りると人の気配がなく異様に静かだ。捕り方夜回りの巡回路を館に知らせずに替えた、と聞いた。多分、辻斬りの連中は警邏の死角を図れなくなっているはずだ。待ち伏せは無理だろう。
 
 と、いうことは……。

 背後から蹄の音がした。複数だ。
「其の方、白雀であるな」
「いかにも」
 俺は振り向いた。
 馬上の者らは笠を被って素顔は解らぬ。
 「今一つ」の方であったな。 
 3騎……ふむ。兵崩れであるか。
 先頭の者がくぐもった声で言った。
「ここで蹴り殺してくれても良いが、それではつまらぬ。ちょいと、面を貸せ」
「断る」
 俺は捕り方の長から渡されていたイヌ笛を吹いた。
 周辺から一斉に犬の鳴き声がする。
 馬上の者らは周辺を見て狼狽えた。こちらをかどわかしやすいと見て大通りを選んだのであろうが、前後を押えられれば突破できぬ。
 何匹かの犬が走ってきて馬に吠えたてる。
 棍を振りかざした捕り方の声と夜回りの灯りが前後から迫ってきた。
「潔く縛に付け!」
 勇ましい捕り方の長の声に、先頭にいた馬が大きく前足を振り上げて人垣を飛び越えた。

 逃すか!
 
 俺は後を追ったが何せ相手は馬だ。
 直ぐ視界から姿が消えた時、脇からもう一頭騎馬が駆け込んできた。
「白雀! 乗れや! 追うぞ!」
 鸞だった。
「え? 何? この馬、どこから……」
「餅の有効活用よ!」
「はぇ?」
「道行の神からの賜物ぞ!」
 ええ……、そういう繋がり。頭上では噪天が飛天のごとく舞っていた。
「先輩! あちらに行きもうしたぞ!」
「知っておる!」
 俺が鞍に飛び乗った頃合いで、鸞は手綱を引いて馬の腹を蹴った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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