拾われたもの 1

文字数 600文字





 ある時、はっきりと目が覚めた。
 次第に像を結ぶ視界。
 目だけを注意深く動かす。
 視野の欠損はなさそうだ。
 自陣の救護小屋にしては、普請のよい部屋。

 ここは、どこだ?

 添木の当たった右腕は動かせない。
 左腕は……、ひどく熱を持っているようだ。
 両手の指先を動かしてみる。幸い神経は繋がっている。
 体幹は(とこ)に貼りついたようでビクともしない。
 左の足には硬く包帯が巻いてあった。
 自由が利くのは、右足だけのようだ。

 注意深く首を巡らす。 
 体を起こせないので隅々まで全部を見渡すことは出来ないが、僅かに耳に届く苦痛にあえぐ息やブツブツと呟く声から、自分以外にも傷病者のいる部屋に居るらしい。

 時間の感覚がわからない。
 今は、いつで、何時ごろなのだろう。

「おう。目が覚めたのだな」

 ふいに声がして、俺は声の主を探した。
 混濁の中で聞いたような気がする、安定した低い声音。

 視界に黒い影が差した。薄い明かりに見知らぬ人相が浮かんだ。後ろに束ねた総髪に大分白髪がまじった男。
 医術者か薬師だろうか。

(わし)の声は聞こえるな? 少し、水を飲め」

 男は俺の背に腕を差し入れ体を起こすと、枕元に置いてあったらしい吸い飲みを口元に傾けた。
 唇を濡らす程度の水分が、乾いて貼りついたようになった舌を潤した。
 ゆっくりと口内にいきわたらせた水を、慎重に飲み下す。

「……(むせ)ずに飲めたな。峠は越えたようだ」

 男は笑ったようだった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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