賜物 9

文字数 1,303文字

 夕餉の後、集合した精鋭らは野山の散策に行くがごとき朗らかな様であった。共に行けない魚虎が、菓子の差し入れまでしている。皆、いつもの裳裾の衣装ではなく男勝りの袴姿であった。
「あらまぁ、(じゅん)ちゃん、乳はどうしたの? 男に戻ってるじゃないの」
 翡翠に指摘されて苦笑いする。
「それは素に戻るであろう? 女装して男装することはない」
「まっ! 話し方まで戻ってるし」
 魚虎も眉を顰めた。
 だからな、ややこしくする必要はないであろう? というのだ。
「どうせ暗いのだ。解らぬよ」
「紅ぐらいは引いておけばどうだ?」
 鶹が首を傾げると、水恋が懐から化粧道具を取り出した。紅筆を取り出して俺に迫る。肝試しに行くのに、なんでそんなものを持っているのだ? 
「はいはい、口開けて」
「ちょっと待て、男の成りでそれはさすがに気持ち悪いだろう」
「気持ち悪いなら丁度いいわよ。魔除けになるかもー」
「なんで化粧道具を持っておるのだ?」
「ほら、泣いたらお化粧崩れるかもしれないしー」
いや、それならそれで、そっちの方が魔除けに……以下自粛。
 そも、精鋭らが恐怖に(おのの)いて涙を流して泣き叫ぶなんて、……想像も出来ぬ。
「みんな! 準備はいい?」
 後ろから雎鳩の声がした。
「まだでーす! 鶉ちゃんが化粧してない!」
「だから! それは要らぬだろうというておる!」
 クッソ! 足元で鸞が笑い転げておる! 
 魚虎に見送られて出立したのは、俺が大幅に妥協して薄く紅を引いた後だった。

 俺と雎鳩が共に居る為か、どうにも話題が色恋の方になる。誠に居心地が悪い。普段、控えに居る時は流行りの食い物の話ばかりであるのに……。
「烏衣様を退けた後は、若様でございますな」
「アレは相当ねじ曲がっている。下手をうつと(こじ)れるぞ」
「女癖が悪いからねぇ」
 精鋭3人でやけに盛り上がっているのを、雎鳩が半笑いで眺めている。
「そんなに……蓮角は曲者なのか?」
 つい、雎鳩に声を掛けてしまった。言ってからハッとしたが、雎鳩は素知らぬ顔で頷いた。
「恋愛にも家族愛にも向いてないわね。かつては行動原理の殆どが父親に認められたいってそれだけだったみたい。それが上手くいかなくって、女の子にちょっかいかけてる。当人には、ちゃんと恋愛をしようなんて気はサラサラ無いわよ。ぶっちゃけ女の子に構ってもらうことを目的にしてるから、嬰児(ややこ)なんてできちゃったらさっさと逃げるタイプ。いつも、自分が一番で居たいんだもの。いい年してまるきり子どもよね」
「え……」
 かつて、湖沼の屋代の謳いである(らい)から聞き及んだ入江の顛末がスンと腑に落ちた。入江に子どもが出来た途端に男が離れていった理由がそれか。入江の相手は蓮角で確定だな。そして、我が子には思い入れが無いからこそ、父親が贄に利用したとて差し障りが無かった。いや、反対に、父親に認められようと自ら差し出した可能性すらある。
「雎鳩が構うから蓮角が図に乗るのであろう? 無視すればよいのでは?」
 鸞がもっともなことを言うと、雎鳩は肩をすくめた。
「それがね、外せない

なのよ。ボクちゃんも、逢ってみれば解るわ」
 それは……蓮角も、鳰の肉を持っていると言うことか。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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