ましらの神 1

文字数 933文字

 新雪を踏み分けて次の宿へ向けて歩いていく。
 真っ白な雪に最初の足跡をつけるのが楽しかったのは初めのうちだけで、やがて一々埋まる足元にうんざりしてくる。

「次は比較的大きい宿であったな。また、蓮角だか(くぐい)殿だかの手のモノがおらねば良いのだがな」
「ふむ……」
「で、方向はこちらで良いのだよな」
「うーん……」
「おい。どうした?」
 俺は立ち止まって、先程から釈然としない相槌を繰り返す鸞に振り向いた。鸞は、笠の端をひょいと上げて周りを見回した。
影向(ようごう)殿から戴いた甲羅だがな、どうやら鳰の肉を抱えた遠仁に、というより鳰の肉そのものに反応しておる感じなのだ!」
「それは、分かりやすくて良いではないか」
「まぁ、そんなわけで、今は主の荷物への反応が一番強い訳なのだが……」
 鸞は言葉を濁して、宿への道の先と、左方の尾根へと続く斜面とを見比べる。
「なんだ?」
「……あのな、甲羅はあっちと言っておる!」
 鸞は尾根へ続く斜面を指さした。俺は鸞の指の先を見た。真っ白な斜面。雪の下はどのような様かわからぬ。
「この先なのか? 山の上ということか?」
「そういうことになるな!」
 キッパリと言い切る鸞に、俺は呆れた。
「道なき道を行けと言うのか? この先に山の上に行く道があるかもしれぬぞ?」
「いや、宿は麓だろう? このまま山肌をぐるりと回れども、上がる道になるとは思えぬが」
「じゃ、何か? 此処を登れということか?」
「だな」
 俺と鸞はしばし見つめ合った。
 いや、鸞を睨みつけていてもどうしようもない。

「冗談も大概にしろよ」
 俺は、辺りを見回して雪の間から覗いていた倒木に歩みより、その一番太くて丈夫そうな枝をへし折った。
「こんな雪の斜面を上がっていくなど狂気の沙汰よ」
 枝で斜面を突いて雪の下の足場を確かめる。
 一歩足を進めて、更に先の斜面を突く。
 此処は大丈夫そうだ。
 また一歩踏み込む。
「かようなところ、登って行けるものか。莫迦げておる」
「主、……言ってることとやっていることがチグハグだぞ?」
「俺は、鳰の肉を取りに行くのが面倒なのではないぞ。この雪が忌々しいだけだ」
 呆れ顔だった鸞は、溜まらず噴き出した。
「全く、素直でないな!」
「愚痴くらいは言わせろ」
 俺は一歩ずつ雪の斜面を登って行った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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