掌(たなごころ)の月 4

文字数 1,063文字

 診療室の明るみ。
 水盤に乗せられた鳰の肉。
 拳と、腕と、腑。

 俺と梟はそれらを眺めて対峙していた。
(にお)が、己が拳を見せられて絶句しておったのよ」
「ああ……」
 俺も、余りの小ささに驚いた。
 確かに、贄にされた時は乳飲み子であったことが証明されたわけだ。
 阿比の話から、贄に捧げるのは少なくとも祈念する者の血縁であることが条件であるらしい。ただ野心からであったのか、それとも断腸の思いであったのか……。
「俺には、異常としか思えぬ」
 そこまで引き換えにして、一体何を得たのであろうか。
「まぁ、これで両上肢が戻ったことになる。代替血液を循環しておるから神経さえつながれば動かすことは出来そうだな。腑の方は、臓も揃わぬと納められぬ」
「移植した腕が今の時まで成長するにはどれくらい時間がかかるのだ?」
「うむ。大きな部位だからな。移植してみぬと解らぬな」

 成長が安定するまで、移植してしばらくは鳰は動けなくなるらしい。

 庭の方から楽し気な(らん)の声が聞こえてきた。
 窓の方を見やる。
 鳰と戯れているところを見ると、年上の子どものところに遊びにきた、ただの童子だ。
 
 此処へ戻る道中、久生としての鸞の思惑が知りたくて色々と探ってみたが、のらくらとはぐらかされた。そういうところは、尸忌としての波武と同じだ。

「幸いというかなんというか、遠仁のたまり場のような場所を見つけることができた。蓮角に見つかりにくい潜伏先も確保できている。鳰の肉を抱えている遠仁を見つけることが出来れば思ったより早く回収できるかもしれぬ」
「さればよいがな。国主殿が、遠仁を抱えておるのは予想外であった」
 梟は顔を覆って項を垂れた。
「ふん。鳰の肉を得るなら、相手が誰だって構わぬさ。ただ、鳰は肉を戻していくと鳰自身が今まで以上に遠仁に狙われる可能性が出てくるのが心配で……」
 波武一人で追い払えるものなのだろうか。
 こんな心配をしたら、本人に怒られそうだが。

「おい! いつまで肉を眺めて辛気臭い顔をしてるのだ?」
 窓枠に手を掛けて、ひょいと鸞の顔が覗いた。
「鳰が夕餉の支度をするそうな! 手伝うてやらぬか?」
「……え?」
 俺は鸞の言葉に驚いた。
 鸞は念波装置を付けていないのに、先程出会ったばかりの鳰の言いたいことをそこまで理解できるとは、一体どういう事なのだ?
「なんだ? その意外そうな顔は! さてはお主、いつも鳰に任せきりであったのか?」
「いや、そうでなくて……」
「ならば、()が手伝うて良い顔をするぞ!」
「どういうことだ? それは」
 俺は慌てて席を立ち、表へと回った。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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