隣の花色 11

文字数 978文字

 闇の中、幾対もの青白い目がゾロリと光った。
「そこな女子は、久生か? 良い物を負っているではないか。ここらの眷族どもが涎をたらして狙うておるわ」
 善知鳥(うとう)の言葉は続く。
 鸞の正体も見抜いている上に、コヤツ……鳰のことも知っているのか? 
「俺は、鷹鸇(ようせん)のような甘ちゃんではないからな。正々堂々なぞ、腹の足しにもならぬ」
 周囲の空気がザワリと震えた。
 遠仁たちが、一気に来る機会を狙っている。
 肌が粟立った。
 
 懐の合口をグッと握り込んだ時、体の左からそっと身を包む温かい気配があった。
「手前が助太刀いたそう」
 鸞ではない熱い息が耳元にかかった。
 柔らかい女子の肌の感触……。
 だ、誰だ? と、相手を確認する間もなく鋭い殺気が八方から迫ってきた。

 鳥やら獣やら解らぬ顎が、けたたましい鳴き声とともに生臭い熱を纏って襲ってくるのを、合口で切り伏せる。
 
 あれ? 思ったよりも手応えが……。
 
 十寸ばかリの短い刀身であるはずなのに太刀程の尺を感じる。
 降りかかる遠仁どもを、豆腐を斬るがごとくに切(さば)く。
 目の端では、鸞がひらりひらりと舞いながら、遠仁どもの頭をかち割っていた。

 善知鳥は何処だ?
 わからぬ。

 現身(うつしみ)を失った青い玉が、他の遠仁の身に吸い込まれ、再び襲ってくるので切りがない。
 見切って躱すが流石に無勢であるので、こちらもかすり傷が増えていく。
 息が上がってきた。
 コヤツらを全部喰ってしまえばこの場を納めるのは易い。
 が、その後、嘔吐(えず)いているところを善知鳥に易々と甚振(いたぶ)られることは目に見えている。

「どうした? 何故、左腕を使わぬ?」
 善知鳥の訝る声。揺らぎのない声音に、ここは高みの見物と知れる。
「そうか……。何か障りがあって使えぬのだな?」
 嘲りを含んだ声。
 続いて、目の前の遠仁の身体を切り裂いて風刃が飛んできた。
 すんでで躱す。
 青い玉がユラリと閃いて、他の遠仁の身体に吸われる。
 撃だけで、一刀両断か……。
「コレは、俺が一等遣いこなせる」
 闇の中、殺気の塊が揺らいだ気がした。
「愛い奴じゃ。主の血が吸いとうて、我が手の内で

おるよ」
 正面で青い炎が吹きあがった。
 やはり! 雁の太刀だ! 
「白雀! 雑魚は引き受けた!」
 背後で鸞の声がした。
「さても遠仁ども! 『夜光杯の儀』の贄が……欲しくはないか?」
 周囲の遠仁の気配がザワリと鸞に向いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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