汲めども尽きぬ 5

文字数 603文字

 翌朝朝餉を戴いてから、鸞と町へ出た。早くも手ぬぐい綿入れ姿の湯治客が目に入る。
 人の流れを見るとはなしに目で追いながら、俺らは歩き始めた。
「主も元(つわもの)ならば、此処のことを知らぬ訳ではあるまいに」
「いや、遊興の旅なぞ余裕のある者の所業よ。それに我々下っ端は使い捨てだからな」
(いくさ)の花形でもか?」
「……花形は、散るからこそ花なのだ。醜く枯れ萎れては花とは言わぬ」
 鸞がふと足を止めた。
 
 ん? 
 
 俺も足を止める。
 鸞は、眉間に皺を寄せて俺をねめつけて居た。
 
 なんだ? 何か気に障ったか?

「主のその、何もかも手放したみたいな利他に徹する(たち)が……つくづくと奇異で気持ち悪いと思うたが、摺り込まれた結果なのだな」
 
 ああ、そんなこと……考えたこともなかったな。

「時に、自尊は、

だからな」
「たまには、利己に生きようとは思わぬのか?」
「肉集めは、利己だ。誰に命ぜられたわけでもない」
「そうか? 傍目には甲斐と称して自縛している様にも映る」
「モノは言い様だな。心が動いたからしていること。まぁ、強いて言えば、己に命ぜられた(ちょく)とでも言えようかな。……それについてはソレ以上言うな。

主らを(なじ)る羽目になる」

 鸞は気まずそうに俺から目を逸らしたまま、右腕に絡みついた。
「鳰の肉は、その先の右手の店にあると、影向(ようごう)殿の甲羅は指示しておるよ」
 視線の先の店には、計りの分銅を象った「両替屋」の看板が下がっていた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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