磯の鮑 3

文字数 882文字

 久しぶりに顔を合わせる雎鳩(しょきゅう)はいつも通りだった。庭を見渡す縁台で、扇子を片手に俺を迎える。桃を膳に乗せたのを見て、目を見開いた。
「あら! 桃? 気が利いてるじゃない」
 にぃと笑顔を作ると、洗いたての桃に手を伸ばした。
「遠仁退治は捗ったかしら?」
 余りにいつも通りなので、どこからどう話をすればよいのかわからぬ。とりあえず、単刀直入に一番知りたいことを訊くことにした。
「市場で桃を買うた時に、蓮角と懇意になって居ると聞いたが……」
「ああ、あれは、あっちが勝手にやってンのよ。宴じゃなんじゃと呼び出して、鬱陶しい限りだわ」
 皮をむいて桃にかぶりつく。おおよそ姫君の召しあがり方ではない。
「単に、私の動向が気になるのでしょうね。まぁ、そうそう簡単には尻尾を出しませぬよー」
 うむ、これは美味、と、満足気に咀嚼している。
「蓮角の追跡が途切れたので、何か有るとは思うたが、雎鳩に気を取られておったのか」
「うん。私が、色々……

からよ。それより、烏衣の手のモノには逢わなかった?」
「誰だ? それは」
 俺はキョトンと雎鳩を見返した。雎鳩が、眉間に皺を寄せる。
「縁結びの時の、式部の姫君よ」
「……お、おう」
 そんな名であったか。正直忘れておった。
「アレは、こじらせておるからしつこいぞぉ」
 そう言われても、どうすればよいのか解らぬのだが。
「しつこいと言えば、蓮角にはバレてるな。まぁ、あんたの傷は隠しようがないから仕方のないことだけど」
「バレた……って、侍従として勤めていることか?」
 俺は目をパチクリさせた。それでは、俺は職場復帰出来ぬではないか。
「烏衣に肌を見られたからねぇ。アヤツから蓮角に漏れたンだわ」
 ああ、鸞もかようなことを言っておった。安摩の面が隠れ蓑にならぬとすれば、いかにして潜伏しようか。俺は口端を歪めて腕組みした。
「そこで、私から提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「提案……とな? 如何様なことであるのだ?」
「題して『木を隠すなら森の中』作戦よ」
 雎鳩の笑みが無茶苦茶

染みているのに、背筋がゾッとした。これは、物凄く良からぬことを企んでおる。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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