汲めども尽きぬ 2

文字数 941文字

 思えば、鳰の肉が捧げられてから10年余りが経っている。それでは、国中に散らばっていても仕方のないことだ。では、一方で既に召された部位があったりはせぬのだろうか。
「それはないな」
 鸞は即答した。
「儀は終わっておらぬ」
「え?」
 俺が聞き返すと、鸞は明後日の方を見た。重ねて質問しようにも、鸞は目を合わせようともしない。
 つい、口が滑ったか……。
 長く共に時を過ごすうちに口が軽くなるのはヒトと同じなのかもしれぬな。まぁ、先が長いのであれば焦ることはない。

 町へ続く道は、途中から随分と広く綺麗に整備された道となった。普通、地方の町村へ行くとなると街道から続く道は段々先細りになったり、悪路になったりするのが常である。その逆というのはお目にかかったことがない。
「これから城下へ入ろうかと言う様だのう」
「何か儲かる商売でもあるのだろうか」
 頻繁に行き来するヒト、モノを横目に、俺は首を捻った。余り羽振りが良いと、国主殿に目を付けられそうなものだが、余程(まいない)でも積んでいるのだろう。
 町に入る木戸をくぐり、俺と鸞は思わず、ほう、と声を上げて立ち止まった。小ぎれいな街並み、行き交う人の衣の様子、穏やかな人々の顔……どれをとっても作り物のような整い様である。
「かような町の話は、知らぬなぁ」
「とりあえず、今宵の屋根を探そう。1日歩いてくたびれたわ」
 俺は、居心地のよさそうな構えの宿屋に目移りしながら、主人の様子の好みでとある一件に定めた。幾分年嵩で経験豊かに見えた。それだけであるのだが。宿賃は、店構えの割りには格安で、何か裏があるのではと訝るほどだったが、主人はニコニコとそれ以上は要らぬと言った。

「この街は随分と潤っているようだな」
「はい。お陰様で」
 主人はにこやかに頭を下げた。
「なんぞ良い商売でもあるのか?」
 主人はいえいえと、手を振った。
「皆、琴弾(ことひき)様の御蔭にございますよ」
 俺と鸞は顔を見合わせた。誰だそれは?
「今は両替屋におります。もし、お会いになりたのでしたら明日伺ってみるとよろしいかと」
「そんな気軽にお会いできるのか?」
「ええ。大変に気さくなお方でございますよ。ただし……」
 主人はにこやかな顔のまま言った。
「世間話をなさるときは、重々お気をつけなさいませ。心を覗かれます」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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