死にたがり 1

文字数 1,026文字

 その夜、現れた獣霊たちは、俺らに礼を述べ(かん)猿子(ましこ)に仔細の説明をした。
「ということは、もう、酌み交わしに(おとの)うては呉れぬのか」
 些かがっかりした様子の翰に、俺と猿子は複雑な表情を浮かべた。そのうち酒で身をつぶしても知らぬぞ、という思いであった。さすがに獣霊たちもそう思っていたのかどうか、月一ならどうじゃ、などと持ち掛けて翰と折り合いをつけていた。

(だつ)の術も侮れぬな」
 猿子らと別れて湯屋の町へ戻り道。上機嫌の鸞は跳ねるように先を行く。
 俺は益々鸞への不信が募っていた。一度に多くの部位を手に入れたとて、僥倖と思えるほど能天気では無い。このまま鳰の身体が元に戻ってしまう前に、夜光杯を手に入れなければ俺が主導権を握れない。折角、鳰が人に戻れても、(こやつ)らに喰われてしまえば元も子もない。
「おや? 随分と怖い顔をして。どうした?」
 鸞は振り返ってキョトンとしている。
「なんで、アイツは骨を集めていたんだ? 何を聞きかじって、何をしようとしていたんだ?」
 モヤモヤとした気持ちが漏れて、つい、(なじ)るような語気になった。
「……はて?」
 顎に指をあてて空を見ていた鸞は、ふいと俯いた拍子に童子の姿に戻った。
「ちょいと失言が過ぎたな!」
 う……。自覚があったのか。俺は、渋い顔で鸞を見返した。
「ふん! このまま主に不審がられたままでおられるのも気が悪い! 洗いざらい話してくれるわ!」
 鸞は俺の顔をチラリと見上げ、口の端を曲げた。
「そも、贄を捧て(こいねが)うのは何故(なにゆえ)ぞ?」
「それは、願いの対価として神の喜びたもうものを……」
「否! 本来のそれは、等価交換よ!」
「え?」
 今度は俺がキョトンとする番だった。
「人身は最高位の御饌(みけ)よ! 身代をもって当てるわけであるからの!」
 鸞の瞳がキラリと光った。
「しかし、いかな最高位の御饌を準備したとて素人に神は召喚できぬ! それゆえに、遠仁に奉じて願いを叶えようとした! 贄がバラバラになったのは、集まった遠仁らがその力の大きさによって贄を分けたからよ! 本来、贄は全き姿でないと意味はない! そも、『夜光杯の儀』は器としての肉を奉じる儀式! 素人が行うために訳がわからぬことになってしまったがな!」
「器? ……肉のないモノに、肉を与えるということか?」
「そうなるな!」
 俺はごくりと唾を飲んだ。
「では……主が俺を利用して鳰を全き姿にしたい訳はなんだ?」
 鸞は、ニッコリ笑った。
「決まっておる! 

召されるための肉になっていただく為よ!」 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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