賜物 5

文字数 1,094文字

「ふうん。バレちゃったんだ?」
 雎鳩はうっすら笑みを浮かべた。
 まさか……。
 俺は茫然と雎鳩を見詰め、左腕を擦る。
 いや、何も感じておらぬ。これは……。
「コヤツは雎鳩を上手に纏っておるのよ!」
 鸞は、すっと目を細めた。
「吾が持っておるのは、古い尸忌の甲羅でな、鳰の肉を抱えた遠仁の記憶を刻んで居るが故、鳰の肉の在処がわかるのだ!」
「あら、随分便利なものを手に入れたのね」
 雎鳩はおどけた顔をして膝を抱えた。
「いつから……。なんで………」
 俺は、マトモな言葉一つ紡げずにただ雎鳩に這い寄った。
 雎鳩は、寂しそうな笑みを浮かべて、俺の頬に触れた。
「あんたは、初恋の人だったんですって。だから、助けてあげようと思ったのよ」
「初恋の人? ……誰の」
「雎鳩の、よ」
「では、主は……」
 遠仁なのか? 
 俺は言葉を飲みこんだ。
 雎鳩は目配せで応えただけだった。
「雎鳩が15、あんたが12の時の新嘗祭、覚えてる?」
「あ……俺が鷹鸇(ようせん)と、初めて武楽舞を奉納した年?」
「そう。4人組の内に1人、小さな武人がいて目に留まったのよ。一生懸命に、でも、楽しそうに舞っているあんたを見染めたの」
 雎鳩は、……そんな前から俺のことを知っていたのか。
 雎鳩の昔語りは続く。
「それから、毎年、新嘗祭に出向いてあんたを見ていたのよ? 健気でしょ? 下級仕官なのも知っていた。釣り合う家柄じゃないってことも。大丞の家だからって雎鳩自身が何かできるわけじゃない」
 雎鳩は、そこで言葉を一旦切って、下唇を噛んだ。
「本当は、先の戦であんたが無事に帰ってきたら上の官位を(たまわ)る話が出ていた。そうしたら、あんたが雎鳩の手の届くところまで来られる。そう思って、待っていたのに……」
 俺は死の淵を覗くような大怪我を負い、城下に戻ってこられなくなった。そして、鷹鸇が俺を匿うために流したという死亡の知らせ……。
「雎鳩は絶望したのね。それで、……縁結びの池で、神に身を奉ずることにした。私は、その……(うかり)のところにいたの。他の遠仁らと一緒にね。でも、その時はもう、鴻は質の悪い遠仁に乗っ取られていた」
「では、『ちょっと前に、高貴筋のある子女が庵前の池で入水して』云々と言うていたのは……」
「うん。雎鳩のことよ。ちょっと……水飲んじゃったけどね、私が助けた。神に身を奉ずるはずが遠仁になっちゃうなんて、あまりにも可哀そうだと思って。……で、今、この身体は雎鳩と私が使ってる」 
 雎鳩は両の手を胸に当てた。
「心配しないで。時が来れば、ちゃんとこの体は雎鳩に、鳰とやらの肉はあんたに返すわ。それに、あんたが目的を果たすには、まだ私のことが必要なはずだもの」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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