紅花染め 13

文字数 927文字

 施療院に稲藁が届けられた。施療院の手伝いの傍ら、鸞と一緒に正月の軒飾りを作る。作業をする屋の裏口は丁度風がよけられているので、わずかな日射しでも温かい。

「なかなか玉杯が届かぬな」
「それよ! 今現在、城下に材が無く取り寄せなのだと! 此れでは年を越してしまうな!」
 まぁ、盃にするにはある程度の大きさが必要であるから、装飾の類とは訳が違う。がっかりよりも、ホッとした気持ちが先に立つ。

「はくりゃくどの! すこし やすみませぬか。ちゃの よういが できたよ」
 茣蓙を敷き、地べたに座って作業している俺の後ろから、鳰がのしかかるようにして抱きついてきた。
「鳰! 重い!」
「おもくない!」
「重いから『重い』と言っておる!」
 俺は、鳰を背にぶら下げたまま立ち上がった。
「ほら、かるい!」
「軽くはない!」
 ひょいと身体を揺すって、鳰をおんぶして屋の内に戻る。俺の背中で鳰がくすくす笑う。

 初手で俺が鳰と距離を取ろうとしたから、鳰は何故そうなるのか解らず惑うたのであろう。「照れ」で避けるのだという言い訳では納得できなかった。だから、鳰なりに「理由」を探したのだ。「理由」が分からないから、俺の戸惑いが鳰の緊張を生んだのだ。
 俺が振られた話で、鳰が納得したのであれば幸いだ。やたらと可哀相がってベタベタしてくるようになったのは計算外であったが。
 まぁ、確かに振られたにしては泣きすぎだな。

「はくりゃくどの におは よいとおもうよ」
「そりゃ、どうも」
「におは なかさぬよ?」
「それ、普通は逆であろうが」
 俺が文句を言うと、後ろにいた鸞が盛大に吹き出した。
「なんだ? それは! 『白雀に気があるよ』という告白か?」
 鸞の言に、鳰は自分の言った言葉の意味に気が付いたらしい。
 俺に掴まる腕にギュッと力が入った。
「は? はぁ? らんの ばか!」
「これ! 人の背中(せな)で暴れるな! 振り落とすぞ!」
「えー! やだ! ここ すき」
「え?」
 俺は驚いて鳰を見た。
 俺の肩に顎を乗せた鳰は、ニコニコと笑っていた。
「あったかい もらう」
 己が発語しやすい音を選ぶと、どうにも鳰は言葉足らずになる。
 でも、充分に伝わる。

「なら、仕方ないな」

 俺はふふっと笑って、鳰を背負ったまま厨に入った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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