隣の花色 10

文字数 944文字

 こちらの馬は直ぐに前の馬の姿を捕らえた。
「何処に行く気であるのか……」
「宿外れまで行くような気配であるのう」
「奴、俺を知っておった。……多分、追手だろうな」
 この道の先は宿の出入り口である木戸門だ。今の時間は締まっている。どうするつもりなのだ?

 騎馬は、木戸の手前で脇に逸れた。
 道の無い藪の中を突っ切っていく。
 俺は顔を顰めた。
 左腕があぶられている。
 後ろ手に鞍を掴んでいる左手が「喰いたい」とソワソワしている。
 闇の中、此処は遠仁だらけだ。
 喰ってもいいが……姿が見えぬ。
 俺は

喰らうか解らぬ。

「いるな」
 鸞が短く言った。灌木の間を縫うように馬を進める。
「こらえろ。今喰ったら、敵の前で醜態を演じることになるぞ」
「……解っておる」
「これは、

だ。狙っておるな……」

 急に目の前が開けた。
 背の高い山毛欅(ぶな)の林に出た。木の葉に遮られて日の光が僅かしか届かないため下草や低木はほとんどなく、視界の届く範囲は枯葉の絨毯が敷き詰められている。

 鸞は手綱を引いた。
 サクサクと耳に届いていた相手の馬の足音が、消えた。

 雲が切れて月の光が差した。
 闇に沈んでいた林のところどころに光の影が溜まる。
 さわさわと、風の渡る音がする。

 俺は馬を下りた。

「主が、見えるぞ」
 闇の向こうからくぐもった声がした。
「その左腕、……誠に異なものを埋められたものよの。此処まで闇が濃いと、主が丸見えだ」
 包帯も、衣も透かして、丹くメラメラと左腕が光を放っている。
 
 それは、良く見えることであろうよ。

「俺ばかり身元がバレているのはどうにも不公平だ。お主の名をお聞かせ願いたいものだ。万が一、()うなったとして、見知らぬ相手に()られたのでは恨みようがない」
「ふん。恨むために名を知りたいと? 面白い奴だな」
 鼻で笑った気配がした。
善知鳥(うとう)……(くぐい)殿の配下の者だ」
 蓮角ではなく? 
「元より、俺の捜索のために放たれた者であったのだろう?」
「無論」
「では、何故に辻斬りなど……」
 善知鳥は、ククッと、喉で笑った。
「なかなか主が見つからぬのでなぁ……。暇を持て余して鵠殿より下賜された太刀で

をしたのよ。仲間内で……、誰が一番上手く斬れるか競ってな」
 眉間に皺が寄った。
 コヤツら、

人を斬ったというのか。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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