千里香 6

文字数 1,088文字

 ひとまず次第を語ってから、獣霊らは去った。
「全く……。手ぶらで来るのは気が引けると、且つて賄われた御饌(みけ)を手土産に(おとの)うから、自然と宴会になっておったのか。律儀なのやら何やら、誠に間の抜けた話であるよ」
「まぁ、風流を愛する者は酒も好きだったりするからな。そりゃぁ、毎日はちょっと……と思うても馳走される酒なら厭いはせぬよな」
 緊張が解けて、つい、欠伸が出た。鸞が微笑むと、立ち上がって夜具を引っ張ってきた。
「夜明けまでまだ間があるよ。少し休もう」
「尸忌になり損ねたとは一体……」
 鸞を見上げて問いかけると、鸞は口の端を曲げて不機嫌な顔をした。
「ほれ、黙って休まぬか。口を塞ぐぞ」
「う……」
 頭から夜具を掛けられた。続いて潜り込んできた鸞が抱きついたかと思うと、秒で寝息を立て始める。
 ……ま、急ぐことも無いか。
 夜具から顔を出して溜息をつくと、俺も目を閉じた。 

 気が付いた時には、大分日が高くなっていた。(かん)はまだ寝入っている。鸞と猿子(ましこ)は囲炉裏端を片づけているところだった。起き上がった俺に、鸞がニコリと笑いかける。
「ああ、主。猿子に経緯は話しておいたわ。(たち)の悪いものではないが、連日酒盛りはないわなぁ」
「獣の霊が酒盛りに来ていたとは、実に意外でありました」
 猿子は苦笑して、今だ寝息を立てている翰を見下ろした。連日このような生活を続けていれば、目の下にクマも出来よう。
 猿子がちょっと席を外した折に、鸞が耳に口を寄せた。
「後で例の場所に行こう。翰の案内が無くとも場所は解る」
 俺は頷いた。

 それから、しばらくして翰がぼんやりと起きてきたところで介抱を猿子に任せ、俺と鸞は裏山へと向かった。日は南中を越え、冬の弱い日射しは雲にかくれて早くも辺りは陰りはじめていた。
「尸忌になり損ねるとはどういうことだ?」
 雪道を踏みながら、先ほど訊きはぐった疑問を再び鸞に向けた。
「生きた人を喰うたのじゃ。久生と違って尸忌は死肉しか喰わぬ習わし。生きた人を喰っては、いくら歳を()っても神には成れぬわ」
 雪に埋もれてわかりにくくなっている道に目を凝らし、鸞は答える。
「主は何も感じぬか?」
「あ……ああ」
 多少狼狽えつつ答える。そういえば、此処へ来るなり鸞は何かを勘づいておったような……。
「状況的には、縁結びと同じよ。多分、鳰の肉を抱えた遠仁を喰っている」
「つまり、それは『鳰の肉を抱えた遠仁が憑いたニンゲンを喰った』ということか」
「そうなるな」
 そんなことが、たまたま起きたとは思えぬが……。
「……それは偶然か?」 
「さてな……」
 鸞はさして気のない風を装っているが……。
 また何か隠しておる。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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