水上の蛍 6

文字数 1,082文字

 のたくる白い胴の中に、チラリと白い毛の束のようなものが見えた。
「アレが(かしら)か……」
 俺は目を(すが)めた。
「だな! ()がコヤツの頭を爆ぜて、御霊を引き摺りだす! しかる(のち)に、その刃物に移してやるぞ! 其方(そち)がこれまで遠仁をまるごと飲んでいたのは、事前に分離できなかったからだ! 御霊の宿った刃なら分離できよう!」
 なにやら興奮気味の鸞に視線を向ける。
「それはつまり、俺は今後、上手いことすれば遠仁を喰った後ゲロゲロしなくても済むということか?」
「よかったなっ!」
「まことにな……」
 俺は溜息をついた。テンションについて行けない。
「ではゆくぞ!」
 鸞は楽しそうに笑うと、右手をついと前に突き出した。
 指先で何かをつまむような仕草。相手の動きに注視しして、次頭が上がってくるのを待つ。
 やがて、ひときわダイナミックに水面が泡立ち、ギラリと赤い瞳を見せて蛟の頭がせり上がってきた。
 今じゃ! と、鸞は破顔すると右の指をパチンと鳴らした。
 どういう仕組みなのか赤い瞳のど真ん中、ちょうど眉間に当たるところが突然血煙をあげてバスンと爆ぜる。

「ほら! 釣るぞ! 刀身を(かざ)せ!」
 俺は言われた通り、合口の刀身を頭上に翳した。
 鸞の右手が凧を操るようにクイッと(ひるがえ)るのにあわせて、血煙の中から小さな光の塊が釣られるように飛び出す。それは真っ直ぐ俺の合口に飛んできてスイッと刀身に吸われた。

「さて、御霊を失った本体は一気に崩れるからな! 来るぞ!」
 鸞がワクワクが止まらないという口調で俺を見上げた。
 ったく、鸞がこういう性格を持ち合わせているのか、久生がこういうヤツなのか、誠に好戦的だよな。

 爆ぜた眉間からメリメリと音を立てて蛟の体に(ひび)が入った。皹の隙間から、チロチロと沢山の舌のようなものが覗き、やがて割れ目を広げて膨れ上がってくる。
「うっ……」
 気味の悪さに思わず顔が歪んだ。
 なんだ? アレは……。
 これまで見たことのあるもので例えるならば、赤黒いイソギンチャク? 
 割れ目を押し広げて膨れ上がったイソギンチャクがだんだんと緊張感をもって盛り上がると……赤黒い汁を撒き散らしてパチンと弾けるように崩れ落ちた。
 ソレにおされて池の水が溢れかえる。
 腐ったヘドロのような臭気が充満し、慌てて口を抑えた。
 左腕が一気に熱を持って脈うち、これが

と告げる。
 それにしても、この量は……。
「なんだ? これは! 一つじゃない。一体……いくつあるのだ?」
「それはそうであろう! これは沢山の女子(おなご)悋気(りんき)であるよ!」
 鸞は童子に似合わぬ暗い目で、水面に蠢くイソギンチャクの群れを睨んだ。



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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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