水上の蛍 9

文字数 884文字

 帰りの馬車の中、俺は雎鳩(しょきゅう)被衣(かつぎ)を頭から被り、今更のように寒気と戦っていた。
「だから言ったでしょ。そのまま帰ったら、ぶっ倒れてるわよ」
 前の席で呆れ顔でふんぞり返っている雎鳩を上目に睨む。
 確かにやせ我慢も効かぬほど、膝ががくがくと震えている。誤魔化すように、身じろぎした。

「にしても……あれはヤバいわね」
「ん?」
 先の縁結びの庵のことか?
 確かに、俺は刀身に修めてそこの神を連れてきてしまったが?
「式部に紹介される男とは毛色が違うからなぁ……」
「んん?」
 男? 毛色? 何のことだ?
「アレは、

であったな!」
 隣で鸞が叫んだ。
「んんん?」
 キョトキョトと雎鳩と鸞を見比べると、2人とも大きな溜息をついた。
「……白雀……、あんた『朴念仁』って言われたことない?」
「ぼく……何だ?」
 雎鳩は目を剥いて口の端を歪めた。
「あんたねぇ、隊にいた時結構

でしょ? 自分で思っているよりずっと様子が良い男の部類なのよ?」
「……モテ……? はて?」
 どうであっただろう?
 独りで吞みたい方であるのに、酒場にいくと何かと絡まれるのは俺が舐められているからだと思っていたし、同宿同僚の者が矢鱈と姉や妹を連れてくるのは単に家族仲がよいのであろうなと思っていた。それなりの付き合いをしていたと思っていた女子(おなご)が教練だ演習だと忙しくしているうちに居なくなるのは、俺にそういう魅力が無い証左だと思っていたが……?
 仔細を話すと、雎鳩は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「………莫迦」
「ば……ええっ?」
「あんたみたいなトンチキは、ほんっと害悪だわ!」
「はぁっ?」
「こっちに戻ってきて早々悪いけどさ、頼まれてた琵琶が届いたら、それと今回手に入ったモノ持ってさっさとまた引っ込んどきなさい!」
「一体、どういう……」
「ああああ! 気分悪い! しばらく話しかけないで!」
 雎鳩は吐き捨てるように言うと、腕を組んで目を瞑ってしまった。
 隣の鸞も呆れ顔でこちらを見ている。
 わけがわからぬ。
 
 今回手に入ったモノ――。
 俺はそっと手に握っていたものを見下ろした。
 それは蝸牛の備わった、両の耳であった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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