遠仁の憑坐 6

文字数 583文字

「正直、この上、お主の『丹』がどのような作用をするのか分らぬ。もし、損ねた身体を回復させるのみならず、目論見通り不死不滅の作用を発揮したら、儂は

ことになってしまう」
 (きょう)は頭を掻きむしって懊悩した。

「遠仁を喰らうという条件を、国主殿がどう判断するのか儂には分らぬが、それが些末なことと思うのならば、白雀殿! 国主殿は、お主の左腕に埋め込んだ『丹』をえぐり出してでも所望するだろう。唯一、生身の身体に親和する『丹』なのだからな」

 俺は、ゾッとして己の左腕を抱いた。
 我が国主殿は、そこまで狂ったお方だったか?

「誠に済まぬが、国主殿への上手い言い訳を思いつくまで、左腕が動くようになったことは内密にしてはくれまいか」

「……はっ」
 
俺の顔に、乾いた笑いが貼りついた。

「内密もなにも……」

 俺がこの施療院に来てからというもの、

と訪ねる者はあったか?

 

払われた従軍の報償と戦傷に対する見舞い金の知らせ、
 兄から弟へ

しての家督の移譲を

するだけの遣い。
 それだけだ。
 身内の面会どころか、見舞いの一人も来なかったではないか。
 何が「若き軍神」だ!
 「勝旗の旗手」だ!
 使い物にならぬと見れば、これまで一切顧みられなかったではないか。

「誰ぞ、………俺などに興味を示すものか……」 

「さて、……それはどうであろうな」
 阿比が異を唱えた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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