汲めども尽きぬ 7

文字数 1,304文字

「アレは、……一体どういうカラクリになっているのやら」
 両替屋から出て、俺は首を傾げた。琴弾(ことひき)には、断りを入れて店を出てきたが、いずれ鳰の肉を戴きに来ねばならぬ。
「自ら、肉を集める手助けを申し出るとは思わなんだな。自殺行為ではないか」
「……だから、気味が悪いのだ」
 
 あ、と鸞が何かに反応した。
「呼ばれたぞ」
「え? 『謳い』にか?」
 これはまた……。
 ここまで栄えた町であるのだ。屋代がありそうなものだが、野良の久生が呼ばれるとはどういうことなのやら。また、先の宿の時のように横死であるのだろうか? 
 しかし、こんな華やかに栄えた町で横死とは考えにくい。
「俺も、ついて行っていいか?」
 鸞は俺の考えが解ったのか、黙って頷いた。

 鸞について行くと、狭い路地をどんどん奥へ辿り、物寂しい区画へと(いざな)われていった。表に居並ぶ煌びやかな(たな)の裏には、鄙びた家屋が並んでいた。まるで、舞台の楽屋裏のような様相だ。角から、痩せたネコが走り出して横切った。煮締めたような衣を着た子どもが、物陰からこちらを覗いている。俺の背に冷汗が流れた。この町は、一体どうなっているのやら。
 軒のひしめく長屋風の建物の一角から『謳い』の声が聞こえた。
 ここか……。
(まか)りこしたぞ。久生じゃ」
 屋の内には、粗末な布団に横たわった男の遺体。それを取り囲む遺族と思しき親子がいた。
 嫋々と琵琶を爪弾く謳いの傍を通って、鸞は遺体の枕辺に立った。片掌を翳してその亡骸から橙色の玉をスイと引き上げる。
 幼子を膝に抱いた男の妻と思しき女が、袖で涙を拭った。膝の上の、まだ幼い三つ四つばかりの子どもは、鸞の仕草を穴の開くように見詰めている。それより幾分か年嵩の子どもたちは、膝の上に置いた手をジッと見つめていた。
 鸞は、魂を吞むと、遺族に優しく話しかけた。
「これで、亡骸は尸忌に召していただいて大丈夫だ」
 辺りに温かい光と空気が満ちた。遺族は静かに頭を垂れた。

「助かった。礼を言うぞ」
 屋を出てから謳いが鸞に頭を下げた。齢三十路ほどの丸顔短躯の穏やかな空気を纏った男である。
「我は猿子(ましこ)と言う流しの謳いであるよ。ここらで久生を呼ぶのは生半可のことではないのよ」
「こんなに栄えた町であるのに、何故屋代を建てぬのだ?」
 俺の問いに猿子は直ぐには答えず、辺りをさりげなく見回すと、指を立てて隘路(あいろ)の奥を指した。俺と鸞は顔を見合わせ、猫背で歩く猿子の後に続いた。

 突き当りのやや開けた場にある庵のような建物に、猿子は入って行く。俺らが庵に入ったのを確かめると、扉を固く閉じた。
「済まぬの。琴弾様の目があるでな」
「……それは、ここらを飛び交っておる遠仁のことか?」
 俺が声を潜めると、猿子は目を見開いた。
「さすがは、久生と共におられるお方。アレをご覧になれる……」
 猿子は小さく溜息をついた。
「ここに、屋代がないのは、琴弾様が遠仁を使役なさる為よ。この町の者は、死しても休めぬ。それが、琴弾様が願いを叶えた代償……」
「ええと……、その、琴弾様がそもそも何であるのか俺は知らぬのだ。この町は、一体どういうカラクリになっておるのだ?」
「それは……」
 猿子はポツポツと語りだした。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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