神楽月 4

文字数 955文字

「最近、雎鳩(しょきゅう)殿は遠仁にまとわりつかれているようであるな」
 雎鳩は、声の主、蓮角を斜に見やって無言でツイと身をかわした。
 国主の館の庭。池の傍を2人きりで歩いていた。
 冬支度をした庭はうら寂しく、松と槙の木の緑ばかりが目立っている。

「さて、どうしたわけでありましょうな」
 池に渡した橋のたもとまで来て、雎鳩は足を止めた。
交喙(いすか)様の件はともかくも、烏衣(うい)様の件はたまたま居合わせただけで御座いますよ」
「はて、

であるかな?」
 蓮角は意地悪く微笑んだ。
「ではその、

の折、共に居たという侍従はどうした?」
「実家に下がっております」
 雎鳩は蓮角と視線を交わした。
 視線を逸らすことなく互いにガッチリと組み合い火花を散らす。
 先に目をそらしたのは蓮角の方だった。
「ふっ……雎鳩殿は、他の女子と違うて面白い」
「妾は妾に御座います。他は知りませぬな」
 雎鳩は目を伏せるとにこやかに微笑んだ。
「ほう。……で、その『(ちん)』とは何者か?」
「異なことを申しますな。何者かとはどういう真意でござりましょうや」
 雎鳩はキョロリと上目で蓮角を捕らえた。
 また、ヒタリと逸らすことなく蓮角の目を見据える。
 蓮角は僅かに眉間に皺を寄せた。
「流しの『謳い』をしていたところを捕まえて、とくと話を聞いてみれば実家に病人が居るそうな。薬代を稼ごうにも孝行のために自由に暇を取れる奉公先が無く、仕方なしに流しの『謳い』をしておるとのこと。孝行者の話にほだされて、侍従として雇い入れたまでよ」
「誠か?」
「偽ったところで、何か良きことでも? 蓮角様ときたら、先程からくどい物言いばかりでございますなぁ。いかがいたしましたか?」
 蓮角がゴクリと固唾を飲み下した気配がした。
「城下に、遠仁に憑かれた白雀という男が潜んでいるやもしれぬのだ。雎鳩殿にも災いをなすかもしれぬ」
「何ゆえに?」
 雎鳩はキョトンとした顔で首を傾げた。
「妾はその白雀とやらから絡まれるようなことは何もしておらぬが?」
「遠仁の理屈は解らぬゆえな」
「ほう……」
 雎鳩は目を細め、キュッと口角を上げた。
「遠仁と言えば、蓮角様の方が……お気をつけ遊ばした方がよいのでは御座りませぬか?」
「何?」
 蓮角をヒタリと見据えたまま、雎鳩は言った。
入江(いりえ)のことを、よもや忘れたわけではあるまいなぁ」

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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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