梟の施療院 8

文字数 670文字

 いきなり胃の腑のあたりで

が蠢いて喉をついてせり上がってきた。
 慌てて口元を抑える。
 こみ上げてきた苦い液が指の間から糸を引いて垂れた。
 ここで吐き戻しては駄目だ。

 つんのめるようにまろび出て、部屋を飛び出す。
 表の扉を肩からぶつかるようにして押し開け、庭の隅に駆け込んだ。
 地べたに這いつくばるようにして嘔吐(えず)く。
 せり上がってきた

は喉を押し開き、
 苦い液と共に口内に押し出されてきた。

 苦しい。
 涙と汗にまみれて視界が霞む。

「……っ、ぐぅかああぁ」

 ゲロリと吐き出した

は、糸を引いて地べたに落ちた。
 なに? 
 薄目を開けて、

を見る。

「!」
 
 

を見て、別の何かがこみ上げてきたが、もう吐き出すものは何もなかった。
 ただ、苦い液だけが糸を引いて口内から垂れた。
 
 これはなんだ?
 俺は、一体何を吐き出したんだ?
 わけがわからなかった。

白雀(はくじゃく)殿」

 背後で阿比(あび)の声がした。
 両肩が抱かれ、水で満たした(たらい)を押し付けられる。
 俺は無様に慌てながら盥を受け取ると、顔を洗い、水を口に含んで吐き出した。
 何度も口を(すす)ぎ、盥は瞬く間に空になった。

「大丈夫……ではないよな」
 
 阿比(あび)は含み笑いをもらして、今度は冷たい水で満たした杯を差し出した。清らかな水で喉を潤し、俺はようやくと人心地が付いた。

 視線を泳がせつつ、肩で息をする。

「一体……」
 これはどういうことなのだ?

「説明する前に体験する羽目になってしまった。ま、百聞は一見にしかずと言うからな」
「なに?」
 俺は目を剥いて阿比を見た。

「貴殿は、遠仁を喰う仙丹を宿してしまったらしいな」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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