銀花 2

文字数 963文字

 企鵝(きが)親子は週1回、湖沼の屋代に橇で青菜などを運んでいるらしい。
「ほわぁ! 大きな馬であるな!」
 鸞は、軍馬の二回り程大きな青馬を見上げた。これが荷を積んだ橇を引くのだ。
「これくらいしっかりしてないと、雪に負けるからな」
 企鵝がピタピタと馬の躰を叩いたが首の付け根までしか手が届かない。馬具を付けるだけで大仕事だ。
「まぁ、屋代の謳いにでも聞けば、探し人云々はすぐわかるであろう。今の時分、湖沼に残っている者らなどたかが知れておる。普段ならこの馬で荷車を引いて行けば一昼夜で着くが、無理せず途中一泊して行くぞ。雪装備はそっちで準備しろよ。出立は明朝な!」
 そうまくしたてると、企鵝は自分の店にすっこんでいった。
 ずんぐりとしたフクロウのような体格の女子だ。そんじょそこらの下手な男より押しが強い。まぁ、何処の馬の骨やらわからない見ず知らずの体力のある男を一見で雇うというのだから、胆の据わり具合も一筋縄ではないのだろう。渡りに船とはいえ、この者と道中共にするのか。
「世の中……広いなぁ」
 思わず独り言つと、鸞が俺を見上げた。
「城下では見たことのない人種であるな」
 いや、その言い方は失礼であろう。

 翌朝未明に雪蓑を着こんで参じると、企鵝が色々とダメだししつつ世話を焼いて装備を整え直してくれた。
「まぁ、普段から雪に慣れておらぬ者のすることだから仕方のない」
 と、ゲラゲラ笑う。実に忌憚のない磊落な性格のようだ。
「……どこの馬の骨と知れぬ奴をほいほい雇う者であるなと思うたが」
 と、かねてからの思いを口にすると、肩口をバシンと叩かれた。
「ちいとオツムのあるやつなら、この時期、まず雪深いところへ行こうなどとは思わぬわ。仮に、途中で我を謀って荷を盗もうにもどうするよ? あの軍馬の2倍は目方のある馬を御しきれるか? 振り落とされて、雪道を惑うておっ()ぬが関の山じゃ。分の悪い掛けに己の命をはって危険を冒す阿呆はおらぬ」
 そういうモノか……?
「それとも何か? 我に一目惚れでもしたか?」
「……」
 バッチンと片目をつぶられて、俺は、どう返してよいのやら解らなかった。
「コヤツは筋金入りの朴念仁よ。そこらの心配は不要であるよ」
 何故だか鸞が説明した。
 企鵝は腹を抱えて大笑いすると、楽しい奴だな! と、また俺の肩口をバチンと張り倒した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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