遠仁の憑坐 2

文字数 582文字

「私の所為とは言え、(つい)にここも探り当てられてしまったか」
 阿比(あび)は苦笑すると波武(はむ)の頭をワシワシと撫でた。
「人間の私は、オマエほど鼻が利くわけでは無いからな」

「そういえば、先程の遠仁(おに)が、(にえ)がなんとかと言っていた。(にお)は『遠仁の憑坐(よりまし)』との噂も聞く。一体、どういうことなのだ?」

 俺の疑問に、阿比は黙して鋭い視線のみを()れた。
 足元にあった琵琶の頸を掴むと、ひょいと背負った。腕を組んで表の戸口まで行き、振り向いて右手でくいっとこちらを招く手振りをする。
 俺は狼狽えて、周囲を見た。
 (きょう)が頷く。
 俺だけついてこいということか。
 
 肩を上下させて深い溜息をついた。
 もはや無用のモノとなった左腕を吊っていた布を剥ぎ取ると、俺は阿比の後に続いた。
 
 庭から続く菜園のはてまで行くと、阿比はようやく足を止めた。
 月明かりに照らされた菜園は、白黒の陰影もくっきりとして(おおよ)そこの世の場所ではないような光景だった。

「すまぬな。(にお)には、……聞かせられぬ(こと)ゆえ」
 阿比はゆるりと振り向いた。

白雀(はくじゃく)殿は真っ直ぐな(おとこ)なれば、縁遠い話であろうが……(まじな)いの類はご存知か?」
「呪い? 願掛けのようなモノか?」
「そんな、……容易(やす)いものではない」
 阿比は月を振り仰ぐと、嘆息した。

「『夜光杯の儀』という古い呪いがある。遠仁に……(たの)む呪いだ」
「遠仁に?」
 
 そのような呪いがあるということは、初耳であった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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