神楽月 7

文字数 1,236文字

「いいか、太鼓の調子はこうだぞ」

――トン ットトト トットントン
――トン ットトト トットントン

 つい先日城下を見渡していた山の端のちょっと開けたところで、琵琶の胴のところを叩いて太鼓の指南をしていた。鸞が真剣な表情で俺の手つきの真似をする。

――トン ットトト トットントン

「そうそう。なかなか上手いな。太刀は無いから合口で代用するか。後は鈴だが……」
「路銀を腰につければよいわ」
 鸞が提案した。なるほど。鈴ほど軽やかでないにしても、金物の音はする。俺は路銀の入った巾着を腰につけて跳ねてみた。シャリンと音がした。
 ん。悪くない。

「じゃ、太刀の演舞の段からいこう。鸞、始めてくれ」
「おう」

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

 足を払い重心を移動して身をかわす。刃物で払って向きを変え、トンと跳ねて向きを変え……案外身体が覚えているものだ。

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

 目の端では、鸞が目をキラキラさせてこちらを見ている。
 昔の高揚が蘇って、跳ねる脚に力がこもる。
 
 一節舞って位置がぐるりと変わった頃、ふと辺りに霧が立ちこめ始めたのに気が付いた。

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

「!」
 気が付くと、俺と対の動きをする黒い影があった。

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

 武楽舞は4人で舞う。対となる2人組が、互いに入れ替わりながら舞い合わせる。目の前の黒い影は、その対の動きをしていた。黒く沈んでいるので顔かたちは全く分からないが、手にしているのは太刀だった。

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

 途中から舞の型が変わり太刀合わせになっても、キレイにこちらの動きについてくる。
 これは……。
 この動きには覚えがある。
 端々まで丁寧に、そして無駄のない太刀筋。

「鷹鸇か?」
(白雀だな)
 俺は固唾を飲んだ。
(久しく感じたことの無い高揚感だ。このまま最後まで舞わせてくれ)
「……承知した」
 俺は鸞に向かって目配せした。
「最後太刀先を地に向けて一回りしたら仕舞(しま)いだ。様子を見て(しま)いにしてくれ」
「うむ。相分かった」
 鸞は頷いた。

――トン ットトト トットントン
――シャリン シャリン シャリン ひらり

 ああ、あの頃と一緒だ。
 鷹鸇の動きに、ただただ無心について行った、遠い昔の俺がいる。
 勇壮さの中に(あて)なる所作をもつ鷹鸇の舞は、俺の憧れだったのだ。
 惨い仕打ちを受けて目の敵にされていても、もうコイツは変わってしまったのだと思っても、心の底から憎めないのは、どこかに一縷引っ掛かってしまうのは、きっとコレの所為だ。

 刃先を地に向けて身をかわして入れ替わる。
 一旦離れて地を払う。
 再度刀身をひらりとかわすと、互いに身を沈め刃物を鞘に納めた。

――ットトトトトトトト………

 後には静寂が残った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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