神楽月 2

文字数 838文字

 雎鳩(しょきゅう)は庭を望む縁に座して、客人と並び名残の紅葉をジッと眺めていた。
「先日の仕儀は誠にかたじけのうございました」
「否、かような場では至極当然のことにござります。無事退けることができ、幸いにござりました」
――クソみたいな挨拶はどうでもよい。
――コヤツの口から蓮角に漏れたことは解っている。
――今更、何をしに来たのやら……。
 雎鳩は、隣に座る式部の烏衣(うい)にチラリと目を呉れた。
 烏衣はソワソワと辺りを探るように目を配っている。
「時に……雎鳩様の侍従はいかがされたか?」
――やはり、それが目的であったか。
「ああ、(ちん)のことか。今は下がらせておりまする」
「席を外して居るのか?」
「否。実家であるよ」
「え?」
――心底がっかりした顔をしくさってからに、まぁ、あからさまだな。
――他所の侍従がどうだというのだ?
「何故に?」
「暇を呉れと言うので()ったまで」
「仔細は?」
「他所の侍従の仔細を聞いてどうとする?」
 烏衣は眉を曇らせた。
――仮に、ここにアヤツがいたとて、侍従であることを貫いている内は、主人の私がいる限り安摩の面は外せぬ仕来り。
――更に言うなれば、主人の命にしか従わぬ。
――コヤツ、ここで何をしようと思うていたのか……。
「アレは……」
 烏衣が、庭に目を向けた。
「……良き男にあったなぁ」
 雎鳩は眉を顰めた。烏衣がチラリと流し目を呉れる。
「家は……式部大輔よ。大丞より二つ位が上の身であるよ」
「…………」
――何が言いたい? 
――まさか、コヤツ……。
「アレを呉れぬか?」
――ふん。やはりそうきたか。浅ましきことよ。 
 雎鳩は内心毒ついた。
――式部の……良家の子女とは思えぬ言葉だ。
「侍従はモノではありませぬ。それに……」
 雎鳩はギチリと烏衣を見据えた。
――そちらがそうなら、同じ土俵で釘を刺してくれるわ。
「アレは、

ので遣れませぬ」 
 烏衣の顔がみるみると赤く染まった。
――下位の男なら如何様にできると、それは本心であったのだな。外道が。
 雎鳩は凛と背をただして庭へ向き直った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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